「無為自然」祈りのピアノ 90歳のソリスト メナヘム・プレスラー配信日:2014年8月4日 | 配信テーマ:クラシック
◆至高の感情は音楽への「愛」
1923年生まれのアメリカのピアニスト、メナヘム・プレスラーは、70歳を過ぎてからソリストとして本格的に活動を始めた。これは20歳でデビューするより、よほど難しいことだ。今なおステージに立つ人生の達人に、演奏の奥義を聞いた。(松本良一)
「テクニックはお金と同じ。あればあるほどいいが、それを求めすぎると大切なものを見失う。音楽家にとって一番大切なものは何でしょうか? それは『美』を感得する心です」
若いピアニストは、まずソリストになるための「条件」をクリアしようとする。聴き手を圧倒する大音量、きらびやかな技巧、独創的な解釈……。ところが、そんな「条件」は要らないという。それを理解した時、初めてソリストへの道が開けるのだ、と。
昨年録音されたシューベルト、モーツァルト、ベートーベンのCD(ドルチェ・ボルタ)は、そういった束縛から解放された演奏家が、作品とどのように向きあっているかを伝えている。ひとことで言えば、それは「無為自然」だ。
「世間から認められたい、聴衆から愛されたいといった気持ちはもはやない。ピアノを弾くことは、今では『祈り』に近い」
1955年、31歳の時にバイオリンのダニエル・ギレ、チェロのバーナード・グリーンハウスとピアノ三重奏団「ボザール・トリオ」を結成した。以来、2008年の解散まで半世紀以上にわたり、世界随一のピアノトリオの一員として名声をほしいままにした。
「室内楽の極意は個人的なエゴを捨て、お互いに尊敬し合うこと。協奏曲でも同じです。音楽に謙虚に向きあうことが数十年間の習い性となった後で、ようやくソリストとして活躍する機会が巡ってきた」
4月にバイオリニストの庄司紗矢香と共演したコンサートで、アンコールにショパンの夜想曲(嬰ハ短調の遺作)を弾いた。作為を排して作品に寄り添うすべを心得た達人は、ひそかな思いを打ち明けるように、小さな音でゆっくりと語りかけた。
「何かに美を見いだすことは、その対象に愛情を注ぐこと。演奏を通じて現れる至高の感情は、音楽への『愛』です」
すべては愛のために。90歳のピアニストは、あたかも福音を知らせる伝道師のように、きょうもピアノを鳴らす。
◆至高の感情は音楽への「愛」
1923年生まれのアメリカのピアニスト、メナヘム・プレスラーは、70歳を過ぎてからソリストとして本格的に活動を始めた。これは20歳でデビューするより、よほど難しいことだ。今なおステージに立つ人生の達人に、演奏の奥義を聞いた。(松本良一)
「テクニックはお金と同じ。あればあるほどいいが、それを求めすぎると大切なものを見失う。音楽家にとって一番大切なものは何でしょうか? それは『美』を感得する心です」
若いピアニストは、まずソリストになるための「条件」をクリアしようとする。聴き手を圧倒する大音量、きらびやかな技巧、独創的な解釈……。ところが、そんな「条件」は要らないという。それを理解した時、初めてソリストへの道が開けるのだ、と。
昨年録音されたシューベルト、モーツァルト、ベートーベンのCD(ドルチェ・ボルタ)は、そういった束縛から解放された演奏家が、作品とどのように向きあっているかを伝えている。ひとことで言えば、それは「無為自然」だ。
「世間から認められたい、聴衆から愛されたいといった気持ちはもはやない。ピアノを弾くことは、今では『祈り』に近い」
1955年、31歳の時にバイオリンのダニエル・ギレ、チェロのバーナード・グリーンハウスとピアノ三重奏団「ボザール・トリオ」を結成した。以来、2008年の解散まで半世紀以上にわたり、世界随一のピアノトリオの一員として名声をほしいままにした。
「室内楽の極意は個人的なエゴを捨て、お互いに尊敬し合うこと。協奏曲でも同じです。音楽に謙虚に向きあうことが数十年間の習い性となった後で、ようやくソリストとして活躍する機会が巡ってきた」
4月にバイオリニストの庄司紗矢香と共演したコンサートで、アンコールにショパンの夜想曲(嬰ハ短調の遺作)を弾いた。作為を排して作品に寄り添うすべを心得た達人は、ひそかな思いを打ち明けるように、小さな音でゆっくりと語りかけた。
「何かに美を見いだすことは、その対象に愛情を注ぐこと。演奏を通じて現れる至高の感情は、音楽への『愛』です」
すべては愛のために。90歳のピアニストは、あたかも福音を知らせる伝道師のように、きょうもピアノを鳴らす。