シューマンの室内楽曲の最高傑作であるピアノ五重奏曲は、長年の念願がかなってクララ・ヴィークと結婚した2年目の1842年、所謂「室内楽の年」に作曲されました。もう一つの名作ピアノ四重奏曲曲も、そのひと月後に完成されています。当時は弦楽四重奏にピアノが加わるピアノ五重奏という編成は非常に珍しく、この曲は正にピアノ五重奏曲のパイオニアだったのです。その後もブラームスのそれと並んで、このジャンルの2大名作として君臨しています。
その音楽は実にシューマネスクです。非常に美しくロマンティックなのですが、曲の進行が随分と気まぐれに感じられます。大げさに言えば、なんだか”躁鬱気味”なのです。第1楽章からして、心が沸き立っていたかと思えば直ぐに沈んでしまいます。第2楽章は全体的に沈滞していますが、中間部は焦燥感に襲われて居てもたってもいられないという感じです。第3楽章は元気になりますが、またしても中間部ではメランコリックな気分になったり、再び焦燥感に襲われたりと、典型的な躁鬱状態です。そして第4楽章で、やっと覚悟が決まったかのような安定感を得ます。この楽章は、いかにもドイツ的なリズムで何度も繰り返される主題がとても魅力的で大好きです。
今朝のクラシック倶楽部で聴いた(観た)
田部京子、なんという美音の持ち主であることか! 十数年前、内田光子がシューベルトのソナタのCDを次から次へと出していたのと同じ時期に、田部京子もシューベルトのCDを作っていた。私は、無名に近かった田部京子にはさっぱり目が向かず、円熟期にある内田の新譜にばかり胸躍らせていた。ああしかし、私はいったい何を聴いていたのだろう。自分のシューベルト像に近いのは、内田よりもむしろ田部であることに今日今さらのごとく気づいた。
今朝聴いたのはシューベルトではなく、吉松隆の作品であったが、「これぞシューベルトにあるべき音色!」と直感してネットを巡った。ソナタ第21番や即興曲D899のなんという美しさ! 名演誉れ高い内田の演奏より、こんなに自分の好みにマッチしていたとは!
東京芸術大学附属音楽高校在学中、日本音楽コンクールに最年少で第1位に輝き一躍注目を集めた。
東京芸術大学に進学後、文化庁派遣芸術家在外研修員としてベルリン芸術大学に留学。エピナル国際ピアノコンクール第1位、シュナーベルコンクール第1位、ミュンヘン国際音楽コンクール(ARD)第3位、ショパン国際ピアノコンクール最優秀演奏賞など輝かしい成績を収める。ベルリン芸術大学および同大学院を首席卒業。
バイエルン放送響、モスクワ・フィル、ワルシャワ・フィル、バルセロナ市立管、ポーランド放送響、バンベルク響、サンノゼ響、リンツ・ブルックナー管、ローザンヌ室内管、ヴュルテンベルク室内管、マンチェスター・カメラータ室内管、フランツ・リスト室内管、ウィーン木管アンサンブル、ウイーン弦楽四重奏団、カルミナ四重奏団ほか多数共演。
また、アルバン・ベルク四重奏団などから共演者に指名されるなど、世界のトップアーティストからも厚い信頼を寄せられている。
カーネギーホール主催によりワイル・リサイタルホールでニューヨークデビュー。
これまでに、村松賞(音楽部門大賞)、新日鉄音楽賞などを受賞。
演奏活動の一方で、上野学園大学教授(演奏家コース)も務め、後進の指導にもあたっている。
国内主要オーケストラとの共演、リサイタル・シリーズ<シューベルト・チクルス>、<シューマン・プラス>などでも高い評価を得ている。
2012年5月からはベートーヴェン、ブラームス作品によるシリーズ<BB Works>がスタート予定。
CDも30 枚以上をリリース。シューベルト「ソナタ・シリーズ」、メンデルスゾーン、シベリウス、ドビュッシー、グリーグ、シューマンなどの各作品集が国内で特選盤等に選出されるほか、アメリカのステレオ・レビュー、イギリスのBBC ミュージックマガジン、グラモフォン、ドイツのフォノフォルム各誌で高い評価を受けている。また、吉松隆「プレイアデス舞曲集」、田部京子に献呈された、吉松隆のピアノ協奏曲「メモ・フローラ」などの録音も各方面から多くの話題を集めた。
カルミナ四重奏団との「シューベルト:ピアノ五重奏曲「ます」/ シューマン:ピアノ五重奏曲」は、2008年度レコードアカデミー賞室内楽部門賞を受賞。
また、2011年12月にリリースされた新譜「ブラームス:後期ピアノ作品集」も特選盤に選出され、大きな話題を呼んでいる。
2012年はリサイタルデビュー20周年、2013年にはCDデビュー20周年を迎える。
現在、日本を代表する実力派ピアニストとして益々人気を集めている。
オフィシャルHP:http://www.kyoko-tabe.com/
演奏家と違って作曲家というのは死んで幾らの世界だと思っていました。田部さんのあの絶品のシューベルトだって、作曲家が死んでから170年以上もたっての演奏ですからね。それなのに、生きているうちに自分の作品が同時代の若い演奏家たちと出会い、素晴らしい演奏で記録してもらえる、しかもそれを熱い共感を持って聴いてもらえるなどというのは、まさに作曲家冥利に尽きる、の一言です。そんな中でも「プレイアデス舞曲集」は、作曲家の想像をはるかに越えた美しい演奏とによって紡がれた最高の一枚。私のこぼした鈍い色の原石が、演奏者によって宝石の粒に磨かれたようなもの、と言ったらいいのでしょうか。そのお礼もこめて今、田部さんのために「メモ・フローラ」という名のピアノ協奏曲を書き進めていて、来年2月8日に日本フィルのコンサートで初演の予定です。乞うご期待。 作曲家 吉松隆/会報第9号(1997年3月26日発行)
伊藤恵が桐朋学園に在籍する若手演奏家で結成されたエール弦楽四重奏団<山根一仁、毛利文香(ヴァイオリン) 田原綾子(ヴィオラ) 上野通明(チェロ)>とともにシューマンの三重奏曲と五重奏曲を演奏。円熟味を増す伊藤恵のピアノと若さ溢れるエール弦楽四重奏団のエネルギーとの絶妙なやりとりが繰り広げられます。是非ご覧ください!
今後とも、伊藤恵の活動にご注目くださいますよう、宜しくお願い申し上げます。
伊藤恵
伊藤 恵(いとう けい、1959年1月6日- )は、日本のピアノ奏者。東京芸術大学音楽学部器楽科・准教授。愛知県名古屋市出身。桐朋女子高等学校、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学、ハノーファー国立音楽大学で学ぶ。有賀和子、ハンス・ライグラフに師事。
1983年、ミュンヘン国際音楽コンクール・ピアノ部門で優勝し、バイエルン国立管弦楽団と共演(指揮・ヴォルフガング・サヴァリッシュ)注目を集める。
以来現在に至るまで、リサイタル・室内楽・伴奏など、多くの演奏会を重ねる。協奏曲演奏においても、国内外の多くのオーケストラと共演しており、そのいくつかはライブ録音として残されている。
シューマンを非常に愛好しており、しばしばそれを公言している。かつてNHK番組のインタビューで「シューマンは恋人」と語ったこともあった。
<放送情報>
NHK BSプレミアム「クラシック倶楽部」
「伊藤恵&ヤング・ミュージシャンズ」
14年3月28日(金) 午前6時〜6時55分
シューマン「クライスレリアーナ」6曲目(Sehr langsam B−dur とても時間をかけて)が、
とても印象に残った。
それは、深い黒色の世界。
ただ「黒い」のではなく、いうなれば、日本の伝統色の「蝋色」(ろいろ)。
黒漆の独特の光沢が鏡のような役目を果たし、黒色に映り込む世界が二重三重にもなる深さ。
ところが、黒の深い世界が、消炭色(けしずみいろ)のような灰の混じった色になった途端、
藍海松茶(あいみるちゃ)が持つ、やや黒みがかった青緑色に変化する…のを感じたら…、
今度は、松葉色(まつばいろ)の、松の葉のような深い緑色の世界が束になって出現する!
…とじっと目を凝らしていると赤色! 深紅(こきくれない)という濃く深い憧れの赤色を
感じさせる世界。しかも音を使って。音楽を用いて。ピアノを鳴らし…ね。
ともかくこのように響いたシューマンを、僕は初めて耳にした。
同時になぜこのような印象を与えるのか「理解」を試みようとした瞬間、色がす〜っと抜け、
白く輝く山の頂きが心の眼前に。
ああ、白も色だったのだ…ことを知る…。
実に「異質」な世界に引き込まれた。
シューマンの「憧れ」に、クライスラーの「霊感」が感応したのが「クライスレリアーナ」。
それは、ファンタジー集だろうし、あからさまにしていないが、一種の霊感集ともいえる。
そして、同じく生誕200年のショパンに捧げられた作品だけれど…パステル風の色彩がない。
色の原色のままをチューブから出して世界を描くという濃さ。ものすごく濃い。「濃い」。
一種の恋焦がれの濃さ。
もう一度書くけれど、「クライスレリアーナ」をこのようにきき、感じ取ったのは初めて。
伊藤恵さんのピアノから初めてきいた「クライスレリアーナ」の…恐らく本質の…世界。
順序が逆になるけれど、最初にきいた「こどもの情景」は、全てのものごとが、ピタリと
と決まってゆく。「決まってゆく」とは書いても…、
「ON」と「OFF」。「0」と「1」。「○」「×」。「合う」か「合わない」…とか、何か、
デジタル風の「指標」と照らし合わせて「決まった」と感じるものではないのです。
「シューマン・リズム」。
伊藤恵さんのシューマンをきいていると、ときどきそう表現したくなるようなリズムだし、
テンポなのです。特に「こどもの情景」は、シューマンと妖精との協働作業で仕上がった
趣きのある作品。日常のくつろいだ生活の中にある規律正しいリズムや生活のテンポ。
自然の摂理に適った生活や人生を送る人が紡いだシューマンの「こどもの情景」なのです。
いとおしい風景がいっぱいに広がった。
伊藤恵さんは、これからどのように年を重ねてゆくのだろうか?
伊藤さんにもわからないかもしれないけれど、年を重ねてゆくことは幸せなことだな…と、
そう感じさせる音楽家がきかせてくれた「こどもの情景」。
シューベルトの「3つのピアノ曲D949」と「楽興の時D780 op.94」が、後半に並ぶ。
僕は、シューベルトは好きだけれど良くわからない。
ただ、どんな作品をきいてもいつも感じるのは、「カフェーでの喧騒」と「死に神」。
カフェーは喧騒というより、仲間同士のワイワイガヤガヤ楽しい時間と空間の「それ」。
「それ」と「死に神」は、作曲家の若い頃でも最晩年でも、割合が少し異なるだけで、
既に作品に同居しているのです。
だから、シンプルなメロディーや独特のハーモニーの中に恐怖を感じるときがある。
伊藤恵さんの演奏は「シューマンから見たシューベルト」という具合…と感じた。
これはこれで、別の魅力があると思います。
それにしても、伊藤恵さんは、何と素晴らしい心を持った音楽家だろう!
ききてとして、シューマン生誕200年を共に祝うことができて、感謝です。
その音楽は実にシューマネスクです。非常に美しくロマンティックなのですが、曲の進行が随分と気まぐれに感じられます。大げさに言えば、なんだか”躁鬱気味”なのです。第1楽章からして、心が沸き立っていたかと思えば直ぐに沈んでしまいます。第2楽章は全体的に沈滞していますが、中間部は焦燥感に襲われて居てもたってもいられないという感じです。第3楽章は元気になりますが、またしても中間部ではメランコリックな気分になったり、再び焦燥感に襲われたりと、典型的な躁鬱状態です。そして第4楽章で、やっと覚悟が決まったかのような安定感を得ます。この楽章は、いかにもドイツ的なリズムで何度も繰り返される主題がとても魅力的で大好きです。
今朝のクラシック倶楽部で聴いた(観た)
田部京子、なんという美音の持ち主であることか! 十数年前、内田光子がシューベルトのソナタのCDを次から次へと出していたのと同じ時期に、田部京子もシューベルトのCDを作っていた。私は、無名に近かった田部京子にはさっぱり目が向かず、円熟期にある内田の新譜にばかり胸躍らせていた。ああしかし、私はいったい何を聴いていたのだろう。自分のシューベルト像に近いのは、内田よりもむしろ田部であることに今日今さらのごとく気づいた。
今朝聴いたのはシューベルトではなく、吉松隆の作品であったが、「これぞシューベルトにあるべき音色!」と直感してネットを巡った。ソナタ第21番や即興曲D899のなんという美しさ! 名演誉れ高い内田の演奏より、こんなに自分の好みにマッチしていたとは!
東京芸術大学附属音楽高校在学中、日本音楽コンクールに最年少で第1位に輝き一躍注目を集めた。
東京芸術大学に進学後、文化庁派遣芸術家在外研修員としてベルリン芸術大学に留学。エピナル国際ピアノコンクール第1位、シュナーベルコンクール第1位、ミュンヘン国際音楽コンクール(ARD)第3位、ショパン国際ピアノコンクール最優秀演奏賞など輝かしい成績を収める。ベルリン芸術大学および同大学院を首席卒業。
バイエルン放送響、モスクワ・フィル、ワルシャワ・フィル、バルセロナ市立管、ポーランド放送響、バンベルク響、サンノゼ響、リンツ・ブルックナー管、ローザンヌ室内管、ヴュルテンベルク室内管、マンチェスター・カメラータ室内管、フランツ・リスト室内管、ウィーン木管アンサンブル、ウイーン弦楽四重奏団、カルミナ四重奏団ほか多数共演。
また、アルバン・ベルク四重奏団などから共演者に指名されるなど、世界のトップアーティストからも厚い信頼を寄せられている。
カーネギーホール主催によりワイル・リサイタルホールでニューヨークデビュー。
これまでに、村松賞(音楽部門大賞)、新日鉄音楽賞などを受賞。
演奏活動の一方で、上野学園大学教授(演奏家コース)も務め、後進の指導にもあたっている。
国内主要オーケストラとの共演、リサイタル・シリーズ<シューベルト・チクルス>、<シューマン・プラス>などでも高い評価を得ている。
2012年5月からはベートーヴェン、ブラームス作品によるシリーズ<BB Works>がスタート予定。
CDも30 枚以上をリリース。シューベルト「ソナタ・シリーズ」、メンデルスゾーン、シベリウス、ドビュッシー、グリーグ、シューマンなどの各作品集が国内で特選盤等に選出されるほか、アメリカのステレオ・レビュー、イギリスのBBC ミュージックマガジン、グラモフォン、ドイツのフォノフォルム各誌で高い評価を受けている。また、吉松隆「プレイアデス舞曲集」、田部京子に献呈された、吉松隆のピアノ協奏曲「メモ・フローラ」などの録音も各方面から多くの話題を集めた。
カルミナ四重奏団との「シューベルト:ピアノ五重奏曲「ます」/ シューマン:ピアノ五重奏曲」は、2008年度レコードアカデミー賞室内楽部門賞を受賞。
また、2011年12月にリリースされた新譜「ブラームス:後期ピアノ作品集」も特選盤に選出され、大きな話題を呼んでいる。
2012年はリサイタルデビュー20周年、2013年にはCDデビュー20周年を迎える。
現在、日本を代表する実力派ピアニストとして益々人気を集めている。
オフィシャルHP:http://www.kyoko-tabe.com/
演奏家と違って作曲家というのは死んで幾らの世界だと思っていました。田部さんのあの絶品のシューベルトだって、作曲家が死んでから170年以上もたっての演奏ですからね。それなのに、生きているうちに自分の作品が同時代の若い演奏家たちと出会い、素晴らしい演奏で記録してもらえる、しかもそれを熱い共感を持って聴いてもらえるなどというのは、まさに作曲家冥利に尽きる、の一言です。そんな中でも「プレイアデス舞曲集」は、作曲家の想像をはるかに越えた美しい演奏とによって紡がれた最高の一枚。私のこぼした鈍い色の原石が、演奏者によって宝石の粒に磨かれたようなもの、と言ったらいいのでしょうか。そのお礼もこめて今、田部さんのために「メモ・フローラ」という名のピアノ協奏曲を書き進めていて、来年2月8日に日本フィルのコンサートで初演の予定です。乞うご期待。 作曲家 吉松隆/会報第9号(1997年3月26日発行)
伊藤恵が桐朋学園に在籍する若手演奏家で結成されたエール弦楽四重奏団<山根一仁、毛利文香(ヴァイオリン) 田原綾子(ヴィオラ) 上野通明(チェロ)>とともにシューマンの三重奏曲と五重奏曲を演奏。円熟味を増す伊藤恵のピアノと若さ溢れるエール弦楽四重奏団のエネルギーとの絶妙なやりとりが繰り広げられます。是非ご覧ください!
今後とも、伊藤恵の活動にご注目くださいますよう、宜しくお願い申し上げます。
伊藤恵
伊藤 恵(いとう けい、1959年1月6日- )は、日本のピアノ奏者。東京芸術大学音楽学部器楽科・准教授。愛知県名古屋市出身。桐朋女子高等学校、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学、ハノーファー国立音楽大学で学ぶ。有賀和子、ハンス・ライグラフに師事。
1983年、ミュンヘン国際音楽コンクール・ピアノ部門で優勝し、バイエルン国立管弦楽団と共演(指揮・ヴォルフガング・サヴァリッシュ)注目を集める。
以来現在に至るまで、リサイタル・室内楽・伴奏など、多くの演奏会を重ねる。協奏曲演奏においても、国内外の多くのオーケストラと共演しており、そのいくつかはライブ録音として残されている。
シューマンを非常に愛好しており、しばしばそれを公言している。かつてNHK番組のインタビューで「シューマンは恋人」と語ったこともあった。
<放送情報>
NHK BSプレミアム「クラシック倶楽部」
「伊藤恵&ヤング・ミュージシャンズ」
14年3月28日(金) 午前6時〜6時55分
シューマン「クライスレリアーナ」6曲目(Sehr langsam B−dur とても時間をかけて)が、
とても印象に残った。
それは、深い黒色の世界。
ただ「黒い」のではなく、いうなれば、日本の伝統色の「蝋色」(ろいろ)。
黒漆の独特の光沢が鏡のような役目を果たし、黒色に映り込む世界が二重三重にもなる深さ。
ところが、黒の深い世界が、消炭色(けしずみいろ)のような灰の混じった色になった途端、
藍海松茶(あいみるちゃ)が持つ、やや黒みがかった青緑色に変化する…のを感じたら…、
今度は、松葉色(まつばいろ)の、松の葉のような深い緑色の世界が束になって出現する!
…とじっと目を凝らしていると赤色! 深紅(こきくれない)という濃く深い憧れの赤色を
感じさせる世界。しかも音を使って。音楽を用いて。ピアノを鳴らし…ね。
ともかくこのように響いたシューマンを、僕は初めて耳にした。
同時になぜこのような印象を与えるのか「理解」を試みようとした瞬間、色がす〜っと抜け、
白く輝く山の頂きが心の眼前に。
ああ、白も色だったのだ…ことを知る…。
実に「異質」な世界に引き込まれた。
シューマンの「憧れ」に、クライスラーの「霊感」が感応したのが「クライスレリアーナ」。
それは、ファンタジー集だろうし、あからさまにしていないが、一種の霊感集ともいえる。
そして、同じく生誕200年のショパンに捧げられた作品だけれど…パステル風の色彩がない。
色の原色のままをチューブから出して世界を描くという濃さ。ものすごく濃い。「濃い」。
一種の恋焦がれの濃さ。
もう一度書くけれど、「クライスレリアーナ」をこのようにきき、感じ取ったのは初めて。
伊藤恵さんのピアノから初めてきいた「クライスレリアーナ」の…恐らく本質の…世界。
順序が逆になるけれど、最初にきいた「こどもの情景」は、全てのものごとが、ピタリと
と決まってゆく。「決まってゆく」とは書いても…、
「ON」と「OFF」。「0」と「1」。「○」「×」。「合う」か「合わない」…とか、何か、
デジタル風の「指標」と照らし合わせて「決まった」と感じるものではないのです。
「シューマン・リズム」。
伊藤恵さんのシューマンをきいていると、ときどきそう表現したくなるようなリズムだし、
テンポなのです。特に「こどもの情景」は、シューマンと妖精との協働作業で仕上がった
趣きのある作品。日常のくつろいだ生活の中にある規律正しいリズムや生活のテンポ。
自然の摂理に適った生活や人生を送る人が紡いだシューマンの「こどもの情景」なのです。
いとおしい風景がいっぱいに広がった。
伊藤恵さんは、これからどのように年を重ねてゆくのだろうか?
伊藤さんにもわからないかもしれないけれど、年を重ねてゆくことは幸せなことだな…と、
そう感じさせる音楽家がきかせてくれた「こどもの情景」。
シューベルトの「3つのピアノ曲D949」と「楽興の時D780 op.94」が、後半に並ぶ。
僕は、シューベルトは好きだけれど良くわからない。
ただ、どんな作品をきいてもいつも感じるのは、「カフェーでの喧騒」と「死に神」。
カフェーは喧騒というより、仲間同士のワイワイガヤガヤ楽しい時間と空間の「それ」。
「それ」と「死に神」は、作曲家の若い頃でも最晩年でも、割合が少し異なるだけで、
既に作品に同居しているのです。
だから、シンプルなメロディーや独特のハーモニーの中に恐怖を感じるときがある。
伊藤恵さんの演奏は「シューマンから見たシューベルト」という具合…と感じた。
これはこれで、別の魅力があると思います。
それにしても、伊藤恵さんは、何と素晴らしい心を持った音楽家だろう!
ききてとして、シューマン生誕200年を共に祝うことができて、感謝です。