ピアノ協奏曲第2番は円熟期の作品で、交響曲と遜色のない4楽章構成の大曲です。しかしこの2番は、ピアノパートが演奏効果に乏しいくせにやたらと難しいという、ブラームスのピアニズムの悪いところが集約されたような難曲ということでも有名です。ちなみにオケもかなり難しく、冒頭からソロを吹くホルンは特に緊張すると思います。
近年ピアノ演奏技術の衰えが指摘されるポリーニが、この難曲をどのように弾くのか、そもそもまともに弾けるのか、かなり心配になりながら見ました。結論的には、第一楽章はろくに弾けず、第二楽章以降も弾くだけでせいいっぱい、といったところ。ティーレマンの超絶サポートのおかげで、流れを失うことなく最後まで弾ききることができた、という感じでした。ティーレマンは本当に素晴らしく、第四楽章の絶妙な付点音符のリズム感は、付点の演奏が甘いポリーニをうまく乗せていたと思います。この演奏の殊勲賞は、間違いなくティーレマンです。
そして問題の第1番。
この曲も、特に第一楽章がやたらと長く(でも大好き)、オクターブのトリルがあるのでピアニストにとっては嫌らしい楽章です。ポリーニも、主題提示部冒頭のオクターブのトリルの速度が全盛期より3割くらい遅く、「あ〜あ、やっぱりね」と落胆したんですが、しかし、非常に丁寧に弾いていて、全体として好感が持てました。また、ティーレマンの指揮がめちゃくちゃ上手くて。第一楽章は4分の6拍子なんですけど、ほとんどの指揮者は1・2・3・1・2・3という感じで3拍子にしか聞こえないんです。これがしっかり「1・2・3、2・2・3」という複合拍子に聞こえるわけです。そうなったことによって、曲調がどう変わるかというと、単に重苦しいだけでない、どこか舞曲のような不思議なグルーブ感が生まれ、それが感情表現となって聞き手や伝わってくるんですね。こういう状態になると、もうオーケストラもピアニストも、ティーレマンが生み出す気持ちよい流れに乗って、どんどん演奏が良くなっていくんです。第一楽章は展開部で完全に流れに乗ってしまって、ポリーニさんも顔を真っ赤にして全体重を鍵盤にかけながら再現部に突入です。そうしたら、提示部なんて目じゃないほどトリルが速く入るわけよ(笑)。もうこの段階で、先々の楽章まで期待できてしまいます。
あとはもう、あらステキ、う〜ん素晴らしい、うわあカッコいい、と褒め言葉しか出てこない演奏でした。第2番のときは演奏で手一杯だったポリーニも完全に没入して、ピアノを弾かない場面でもオーケストラに合わせて体を揺らしまくるし、第二楽章は盛大にメロディを歌いながら弾いてくれるし。ゼルキンが降りてきたのかと思った。協奏曲でこんなにノリノリな彼を見るのは初めてでした。第三楽章は見事に燃え上がる演奏で、中盤以降ずっと目頭が熱かったです。演奏終了後は、第2番のときには出なかったブラボーとスタンディングオベーション。聴衆も、わかるんですよねぇ。万雷の拍手を浴びながら、ポリーニさんはずっとティーレマンを立てていましたが、確かに素晴らしい指揮でした。自分が聴いた中で、この曲のベストの演奏だったと思います。
いやあ、しかし、衰えたといわれていたポリーニさんがこれほどまで情感豊かで熱く、しかも対旋律とか細部にもしっかりと気をつかった演奏をしてくださったことに驚きました。ピアノの音色の種類も、以前より増えたように思います。感動しました。
ポリーニは何度もこの曲を録音してきましたが、個人的にはこの録音が一番ブラームスらしさを発揮させていると思います。
確かに技巧的な冴えはあまり感じられませんが、テンポは安定し、1音1音に深みと重厚さが感じられ、
以前のような弾き切る、といった感じではなく、最後まで表現しききることに徹した感じがします。
ブラームスはこうではないか、と感じさせる1枚です。
ショパンコンクールの時には、審査委員長だったルービンシュタインに「我々、審査員の中で彼ほど上手く演奏できる者がいるだろうか、彼は私よりも上手いかもしれない」と言わしめたマウリッツィオ・ポリーニ。ショパンくらいは朝飯前・・・そんなポリーニが完璧なテクニックで正確にスコアを再現していく演奏は、一言で云ってマシーンのよう。彼のピアノは常に冷静で鋭く、硬質な音も極めてクールなものなのだ。「スコアだけが全て」ポリーニは曖昧を厭い、正確であることを重んじるピアニストである。正確で力強く、徹底的に音を浮かび上がらせることに徹しているのだ。しかしあまりの完璧さゆえに、しばしポリーニの演奏は「冷たい、面白みにかける」とも批判され、賛否両論、好みも激しく分かれてしまうようだ。例えばアンチポリーニ派の意見として、ある評論家がポリーニについてこんなことを云っている。「ポリーニは伝えるべきものが何もないのにテクニックだけがある。魂を抹殺するためにテクニックを鍛え上げたのだ。ポリーニの演奏を聴いていると、録音が古くてミスタッチだらけのコルトー盤がしきりに懐かしく思い出される」・・・これはクラシックCDの名盤という本(文藝秋春)の中で、ポリーニのショパンエチュードに対して述べられたものなのだが、氏はついで「完璧すぎて異様、ごまかしのなさが空恐ろしく、ぬくもりが全く感じられない」とも付け加え、ポリーニを一刀両断に切り捨てている。しかしこうした人がいる反面、また一方では万人必聴、歴史に残る名ピアニストとも言われるポリーニ。好みの違いとはこういうことだ。どちらにせよ、共通しているのはテクニックと曲の完璧さ。その演奏に好みは分かれても、とにかくポリーニが世界で評価されるすごいピアニストの1人であることに間違いはないだろう。