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Channel: 丹沢最高峰 蛭ケ岳1673回超えを目指して 
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それを奴隷根性というのでしょうが・・・・。

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日本人は選挙すらインチキ、つまり、ジミン党は「国民主権なんて気にしない」と宣言した信じがたきイカレ組織。彼らの言う「人権」は合法的犯罪の免罪符。油ダポチ利権、手前らの権益を守るために存在する。

昨日(8月8日)の午後 7時過ぎ、ニュースを見ようとテレビをつけましたら、オリンピックだの何だのと、よくわからないニュースで始まりまして、見るに堪えなくなり、チャンネルを回しました。

日本人は選挙すらインチキ、つまり、ジミン党は「国民主権なんて気にしない」と宣言した信じがたきイカレ組織。


彼らの言う「人権」は合法的犯罪の免罪符。
油ダポチ利権、手前らの権益を守るために存在する。
だから、
「原発事故なんて気にしない」
「放射能なんて気にしない」
「年金基金の目減りなんて気にしない」
「少子化なんて気にしない」
「沖縄の民意なんて気にしない」

な~んも気にしないからやりたい放題、馬鹿にしか務まらないお仕事・・・。w

同じ人権。
こうもひっくり返るものか?

そんなジミン党的「独裁支配」は、麻薬密売人の数百倍悪質。
自然法に鑑みるまでもなくチャウシェスク必至である。

当たり前がそのまま具象化していれば、ジミン党は20世紀の終わりに消えている。
ジミンのご主人、偽油ダ屋世界支配も20世紀の終わりに消えているはずだった。

天皇はその少年時代にGHQより派遣された家庭教師バイニング夫人に
「ジミー」と呼ばれながらの、徹底的洗脳済み。またさしてその頭脳が
ご優秀でもなかったことは、学習院の単位が取れず「学業終了」という
民間ではあり得ない特別措置で「追い出されている」ことでも
明らかです。
葉に衣着せず申せば、頭脳鋭敏とは言いがたい少年の耳に、GHQの
東京裁判史観大肯定の、自虐思想が徹底的に注ぎ込まれているのです。

そして皇后は皇后で、皇室への尊崇なきリベラルなカトリックのご家庭から、
GHQ関与での入内。

「両陛下のお言葉に対し奉り、国民たるもの恐懼して詔(として謹みて承り」

が該当するのは、天皇が正しく天皇であり、皇后が従来の皇后である場合のことであり、お二人は敗戦が産んだAlien(エイリアン)です。天皇皇后という名の左翼運動家なのです。

もし、来年再来年という近日中に生前退位が行われるなら、
皇室は終焉を迎えます。
皇太子が短命で終わり、秋篠宮殿下に引き継がれるといいう
偶発的なことでもない限り。
ただ、その時愛子皇太子が成立していたら、万事休す。
将来伴侶としてあてがわれる男が、当初の目論見通り皇室を、
そして皇室を通じて、日本を支配することになります。
伴侶の男は無論、愛国の日本人などではありません。
出自ロンダリングされた、それなりの男です。




新型出生前診断では、多くの親が中絶をしています。

障害者を殺してもいいという発想と、障害を持つ子どもは要らないという考えと、どこが違うのでしょうか。

「経済に貢献できる、つまり労働力の有る無しが、生きている価値を決める」

ということになっていて、もちろん、そんなことは誰も口にしないけれど、これは障害者という枠にとどまらずに、ある程度の年齢になってくると、(日本に)生きているすべての人間に覆い被さってくる。

「人間の価値」が「社会的貢献価値」であることを無言のうちに教え込まれる今の世の中では、十代も中頃を超えてくると、幸福よりも「うんざり感」の感情が上回ってきて、それは社会の中で成長すると共に、どうしようもなく肥大していく。「社会的貢献価値」には差がありますので、そうなると、「人間の価値にも差がある」ということになってきます。

たとえば、ある人から見て「Aという人間には(自分にとって)生きている価値がある」と思っていたけれど、ある日、態度が素っ気なかった。その瞬間から「Aには生きている価値がない」となれば、もう何でもできるわけです。すでにAさんには「生きている」価値がないということは、生きていなくてもいいのですから。このような、「生きている」価値がないのだから、生きていなくてもいいという考えが躊躇なく根付く社会。

これが今です。

特に、最近は二十代の犯罪が多いですが、今の多くの若い人たちも根本は同じような概念に覆われている人たちが多い気がします。

本来大事なことは、

「あの人と自分は基本的に同じ」と考えること

なんですけれど・・・とはいっても、このように考えるには今の世の中の教育の状況では難しいです。

お釈迦様の「慈悲の瞑想」というものを知りました。

その記事の最後に書いてありますが、「私は幸せでありますように」で始まるその瞑想法の文言の中には、

私の嫌いな人々も幸せでありますように
私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々の願い事が叶えられますように
私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように

というくだりがあり、この文言を、そんなに真面目じゃなくてもいいので、たまに考えているだけで、少しずつ「憎しみ」という感情が消えていく実感をしたことはあります。

何だか話がグチャグチャになりましたが、どんな犯罪や出来事が起きても、「すべては自分が関係している」と考えると、何か起きたことについて、おこなった人を断罪して終わり、というようなことにはならないはずです。

仮に、より良い社会の到来を目指すのならば(私自身は現世では諦めていますが)、今の「自分と他人は同じではない」という価値観から離れた生き方をする人々の社会でならなければいけないとは思います。

つまり、この世で起きることのすべての責任を常に自分で感じるという人たちによって形作られる社会。

・・・まあ・・・今の流れでは難しい気はします。

結局、何のまとめもないままとなりましたが、「今の日本の世の中」の現実を、このような視点から考えてみることは悪くはないと思います。

恐怖の国債不安が現実になりつつあるのです。

これが亡国政治でなく、なんなのでしょうか!?
これが永遠に続くのであればいいのですが、日本の金融バブル崩壊と共に叩き売られる株と共に、虎の子の技術はすべて持ち去られるという悲劇というか喜劇の幕が切って落とされているのです。

財務省の会計が複式簿記ではなく、単式簿記で行われているという事です。

財務省の会計、つまり日本国の会計が単式簿記・・・。
はぁ?
つまり大福帳のようなものであり、どんぶり勘定であるという事実です。
という事は日本という国は国家のバランスシートがないという事にもなるのです。
財務省などはバランスシートは作れますと強弁していますが、単式簿記でつくったバランスシートなるものが何の役に立つのでしょう。
まったくどこまでふざけた奴らではないですか!?

財務省のエリートはすべて東大法学部出で占められていますが、会計実務がどんぶり勘定でいいわけですから、会計知識など必要なく法学部出身でも十分対応できるわけです。
おそらくこいつらは財務諸表など理解できないのでしょう。
予算編成なるもので、毎日徹夜のような生活を続け、照明が消える事がない霞が関財務省主計局・・・。
ふざけるな!ばかやろう!
お前らただ、財閥と政治家とで税金の山分けの算段を一晩中やっているだけじゃないか!
人の金を好き勝手に使い放題使えるというのは、さぞ気持ちがいいことだろうな。

そしてリアルワールドでも何度も取り上げている特別会計とやらの奇怪な会計制度。

財務省いわく、
「特別会計は、予算編成上の扱いや国会審議における扱いにおいて、一般会計との間に基本的な違いはありません。」

確かに建前上はそうでしょう。しかし、実際の予算編成過程では両者には大きな隔たりがあるのです。
一般会計と特別会計では、予算編成時の財務省の査定の厳しさが天と地ほども違うのです。国民の直接の生活に直結する一般会計の予算については、その必要性などについて、財務省主計局が細かいところまで雑巾を絞るように詰めるのに、 特別会計となるともうかなり緩い。というより手抜きそのものなのです。
これが特別会計が各省庁の既得権益化しているといわれる所以ですが、さらに特定財源などが加わればもう訳がわからなくなるのですが、それをすべて単式簿記、つまりどんぶり勘定で行っているのです。

しかし、役人が勝手に使える予算規模が一般会計の3倍の規模になっている現実に誰も不思議とも思わなければ抗議もしないこの国に未来があるわけもありません。

もちろん、先進国と呼ばれている資本主義諸国において、複式簿記制度を政府の会計制度にしていないのは日本だけであるのは言うまでもありません。
これはもちろん米国はすべてお見通しであり、自分達の財布として使うにはまた願ってもない制度であるわけですから、こういうものは改善せよとは言いません。
なにしろ、どこにいくら使ったのかバランスシートに出てこないという、魔法のような会計制度なのですから・・。

我々庶民の事業主などにはすべて複式簿記での記入を強要し、さらにはすべての会計作業も我々にやらせておいて、税務申告させておきながら、自分達は単式簿記だぁ!
ふざけるなバカやろう!!!
何度叫んでも叫び足りません。

安倍総理もこの資金をまるで自分の金のように米国に貢いで、新しい宗主さまを迎えるまでに、少しでも自分の生き残りに有利な立ち位置確保に汲々としているわけです。

そしてこの底が抜けているザル制度は今後も日本国が破綻するまで続く事になります。
いまさら変わるわけもありません。それは加速度的に財政破綻危機に向かい突き進んでいるわけですが、おそらくこの2年位ではないでしょうか。
官僚達のへそくりとも言われる特別会計300兆円を米国に略奪されてジ・エンドというところでしょうか。

そして、新しい宗主さまが日本に君臨する事になります。

IMF、世銀、BIS,・・・・。

そしてGSさま、Cityさま、というところでしょうか。

そしてその時のこの国の庶民の反応は先の大戦で実験済みです。

今度はGSさま万歳!
Cityさま万歳!・・・・・。
というところでしょうか!?

マッカーサーは覚悟していたゲリラ戦がまるで起きずに、日本国民が「マッカーサー元帥万歳!」と自分を迎えた事に驚きを隠しませんでしたが、この時に昭和天皇の戦争責任追求が氷解したわけです。

マッカーサーは本国への報告書に「日本人の精神年齢は13歳。」としたのは有名な話ですが、これは個人というものがまったく確立されておらず、誰が宗主さまになろうと自分達には関係なく、それに従って自分達の生活さえ成り立てば、それでいいと言う、考えたら、平安の時代よりこの国の庶民が生きる知恵として身につけてきた掟のようなものではなかったでしょうか。
まあ、それを奴隷根性というのでしょうが・・・・。

しかし今回はインターネットなどで国民の意識は格段に高くなっているので、そんな事にはならない。
と思いますか?

そんな事はまるでないと思います。
ほとんど庶民の感覚は先の敗戦時と代わり映えしていません。
なんだかよくわからないけど、なんでも今度の新しい領主さまは、会社のような感じらしいので、堅苦しくなくていいかもしれないな・・・。
なんてもんでしょう。

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