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原発は「悪魔的な機械」 伊方原発3号機を、8月11日にも再稼働 いまや福島第1原発は,莫大な税金にたかるシロアリの巣になっている

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今後2年前後に、日本海側の都市に「米軍の」ミサイルを着弾させ、死傷者を出させ、それが北朝鮮からのものである、とマスコミ報道を行い、一気に日本国内の世論を戦争賛成、治安維持体制に持って行く。・・


【悪魔からの贈り物だった原子力エネルギーは,人間が制御しきれない相手である】




原発で使われた核燃料は運転していなくても熱を出し続けます。東京電力福島第1原発では,溶け落ちた核燃料(デブリ)がどこにあるのかも分からないまま,水で冷却し続けています。同時に地下水の流入による汚染水の増加も引き起こし,「火事場」(東電幹部)状態はいまも続いています。

 原発も火力発電所も,蒸気でタービンを回して電気を作っています。火力発電所では,ガスや石炭などを燃やして水を沸騰させ蒸気を作りますが,原発では,核分裂で出る熱を使います。やっかいなのは,運転を止めても崩壊熱と呼ばれる膨大な熱が出続けること。第1原発で核燃料が溶け落ちたのも,崩壊熱が原因でした。

1~4号機の原子炉建屋群の地下には,1日におよそ400トンもの地下水が流れこみ,原子炉を冷却したあとの放射性物質を含んだ水などと混ざり,汚染水となって溜まっています。


福島第1原発1~4号機の原子炉建屋とタービン建屋の地下には,溶けた核燃料を冷やした水や地下水などが混ざった汚染水が約6万トンたまっている。放射性セシウムで1リットルあたり数十万~数千万ベクレルの高濃度だ。東電は建屋の周囲を「氷の壁」で囲う凍土壁で地下水の流入を減らし,その後に汚染水を汲み上げるなどの対策を検討していたが,凍土壁が難航して計画は遅れている。

 〔7月〕19日にあった廃炉に向けた作業に関する検討会で,規制委の更田豊志委員は「高濃度汚染水の危険性をいつまでも許しておけない」と述べ,濃度を薄めるか,汲み上げるかの検討を指示した。(記事引用終わり)

 --この放射性物質に「汚染された水」および「汚染される地下水」の処理問題は,以前から延々と続いている技術的な難題であった。だが,いつもこのように,今回もまた「まだとりくんでいる」という経過報告だけが継続して報告されている。

 「原子炉建屋とタービン建屋の地下には,溶けた核燃料を冷やした水や地下水などが混ざった汚染水」というものの中身・実体,つまり,この水:地下水を汚染させている原因の物質は,原発施設のどこにあるものか。いいかえれば,溶融した核燃料の残骸がどこにどのようにあるのかさえ,まだ明確にその状態を把握できていない。

 そうした現況のなかで,ともかく地下流水の動きに応じて増えつづける汚染水の問題は,実際に,いったいいつになったら解決の見通しがついたといえる段階になりうるのか。依然としてさっぱり分からないままである。

漏洩した量汚染水300トンに含まれる放射性物質は24兆ベクレルと推計している。この推計値を踏まえINESの尺度にもとづいて放射性物質の総放出量を計算すると,レベル3に該当するため,修正を検討することを明らかにしたる。

 これまで日本で起きた原発事故は,一昨〔2011〕年3月11日の福島第1原発事故がもっとも深刻なレベル7に認定されたほか,1999年に茨城県東海村で起きたJCO臨界事故がレベル4, 1997年の旧動燃東海事業所でのアスファルト固化処理施設火災爆発事故と,一昨〔2011〕年3月の震災時の福島第2原発でも起きたトラブルが,レベル3と認定されている。今回の汚染水漏れは,過去3番目の深刻さと同水準ということになる。


小池知事 特別秘書に野田氏を任命 /東京 毎日新聞2016年8月3日 地方版
http://mainichi.jp/articles/20160803/ddl/k13/010/215000c

 小池百合子知事は2日、政務担当の特別秘書に、元都議の野田数(かずき)氏(42)を任命した。野田氏は2000年7月から01年3月まで小池氏の秘書。03年に東村山市議に当選し、09年、都議に転身した。12年に辞職し衆院選に立候補したが落選した。【篠原成行】 〔都内版〕


小池百合子「都庁に着いたら5分で極右」の衝撃(訂正とお詫びあり) 山本一郎 | 個人投資家・ブロガー 2016年8月3日 13時55分配信
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016080200834&g=pol


小池都知事任命の野田特別秘書:都議時代に帝国憲法復活に賛成 by jcp-tokyo ・ 2016年8月3日
http://www.jcp-tokyo.net/2016/0803/104846/

・・野田氏は2009年に自民党で都議に当選しましたが、12年に離党し、橋下徹大阪市長(当時)と連携する「東京維新の会」を結成。12月の総選挙に「日本維新の会」(当時)から立候補し落選しました。

12年9月都議会で同氏は、「我々臣民としては、国民主権という傲慢(ごうまん)な思想を直ちに放棄」して、現行の日本国憲法を無効とし大日本帝国憲法の復活を求める時代錯誤の請願に紹介議員となり、賛成しました。(日本共産党、自民党、公明党、民主党などの反対で不採択)・・


‘アメリカ外交政策は、兵器販売用マーケティング戦略’ - ジル・スタイン 公開日時: 2016年7月31日 15:22 編集日時: 2016年8月1日 09:09 Russia Today
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/--e46a.html

“まず銃撃してから、質問をするというこの破滅的軍隊に我々が支払っている金額を知っている人はごくわずかです。実際、アメリカ外交政策は、本質的には兵器販売用のマーケティング戦略です。”と彼女は言う。“アメリカが、こうした戦争をしているのは石油のためです。兵器を売り、他人の化石燃料資源を手にいれる好機なのです。それが、基本的に、アメリカ軍が行っていることなのです。一体なぜアメリカは世界中の100カ国に、1000の基地を有しているのでしょう? 他の国々は、こういうことはしていません。”


【沖縄・高江発】地元国会議員「すべての国民が知らなければならない安倍政権の実態がここにある」 田中龍作 2016年8月4日 21:05
http://tanakaryusaku.jp/2016/08/00014189

 オスプレイ用ヘリパッド(発着帯)建設に伴う強制排除の第2弾が、早ければ6日にも行われそうだ。

 第1弾同様、本土からの機動隊車両が我が物顔で行き交っており、現場は緊張が いや増す。・・

四国電力、8月11日に伊方原発3号機の再稼働行う予定で調整 

四国電力は、愛媛県の伊方原発3号機を、8月11日にも再稼働できるよう調整していることがわかった。

設備のトラブルで遅れていた、愛媛県の伊方原発3号機の再稼働を、四国電力が、8月11日に行う予定で調整していることがわかった。

伊方原発3号機の再稼働については、当初、7月下旬が見込まれていたが、1次冷却水を循環させるポンプにトラブルが発生したため、遅れている。

関係者によると、四国電力は、このポンプの部品を交換し、設備が正常に作動すれば、8月11日にも再稼働する予定で調整を進めている。

「3月11日14時46分。地震発生後,私は官邸地下の危機管理センターへ直行した。被災者救助に各方面が動き出すなか,『福島第1原発,冷却機能停止』の報せが届く。その後,事故は拡大の一途をたどった。このままでは国が崩壊する。いつしか私は,原子炉すべてが制御不能に陥り,首都圏を含む東日本の数千万人が避難する最悪のシミュレーションをしていた……。原発の有事に対応できない法制度,日本の構造的な諸問題が表面化するなか,首相としてなにをどう決断したか。

 日本国の総理をして『国家存亡の危機』だと背筋を凍らせてしまう。それが原子力災害というものなのです。そして最悪の事態となれば(現にあれはそういう事態でした),この事故を収束させるには人間の生命を動員しなくてはならない。誰かが死ななくてはならない。原発というのはそういう種類,性格の発電所なのです。

 そのことがはっきりとあの事故で私には分かった。なんと恐ろしい機械,装置,システムなのだろうと思います。いざとなったら人間の生命を犠牲にしなくてはいけない。つまりはいけにえを捧げなくては鎮めることができない,それが原発なのです。これは端的にいえば戦争状態と同じだということです。人間同士が殺しあいをすることで国家間の利益を競う。戦争とはそういうものですが,原発事故が要求するのはそれと類似した人間の犠牲・人の生命です。

 あのときも「決死隊」という言葉を与党の実力者は口にし,いざとなれば決死隊を組んでなにがなんでも原子炉を冷やさなければならないと主張した。決死隊=特攻隊,要するに生還を期すことのできない部隊を投入しないと原発の暴走は止められない。原子力発電所というのはそういう戦争状態に近い状況をいまも静かに生み出しつづけている,ひとつのエリアなのです。

たとえば今日,あのボロボロの4号機が地震や台風,竜巻などによって倒壊したとする。千数百本の使用済み核燃料が地上に散らばってしまう。それらが放出する放射能で関東以北に人間が住めなくなる。こういう事態が起きればおそらくは,自衛隊員からメンバーを選抜し,決死隊を組むことになるでしょう。それは国民大多数の生命や健康,生活,さらには国土や国家それじたいを守るために必要なことです。
 
 私が総理であれば決断します。だが,そうした4号機倒壊といった事態は戦争によって生じたものではない。侵略してくる外国勢力がある戦争とは異なり絶対に不可避な事態というわけではない。原子力発電所さえなくしてしまえば,それだけで起こりえなくなる事態なのです。特攻隊なんて要りません。

 戦争であればやむをえないでしょう。国々がたがいの国民の生命を張って国家の存亡を競うわけですから,たとえそれがいかに無駄で非人道的なゲームであったとしても,特攻隊はときに必要とされる。戦争における特攻は戦術の外道ではあっても,しかしありえないわけではない。ある部隊の全滅を前提にした作戦は特攻に限らず,どの国でも採用されてきたのです。

 そして,人類がそういうどうにもならないゲームを飽きず繰りかえしてきたというのは,明白な歴史的事実でもある。しかし,原子力発電は違います。

 2)「人を喰う機械」としての原発-原爆が人を殺すのと裏腹である-
 国民の生命の犠牲を前提に,領土的野心や国家の存続をかけてわれわれは,原子力発電をおこなっているわけではない。にもかかわらずこの技術は最悪の場合,人間の犠牲を求める。いけにえ,人柱を求める。そんな技術がほかにあるだろうかと私は考えます。

 破局的な事故が起きたときに生還を望めぬ特攻作戦をやらなくてはならないような,そんな機械や装置,技術は,ほかにあるのだろうか?

 航空機事故・列車事故・自動車事故・炭鉱や鉱山の事故,さまざまな工場設備での事故があるが,あれこれあげつらってみても,特攻隊の投入が現実味を帯びる事故は,やはり原子力発電所の事故以外にはありません。ほかにかろうじて想定できるのは,実験室で作られる殺人ウィルスや細菌のたぐいが外部に洩れたときくらいでしょうか。
 補注)原発という発電機(装置・機械)が「ほかのあらゆるもの」と決定的に異なる特性は,まさしくここに指摘されている点にある。日本国の産業史を回顧してみれば,足尾銅山の近辺は緑を回復できているが,その下流に流しつづけてきた〈鉱毒〉は,渡良瀬遊水池という「偽りの自然」を人工的に作らせた。ラムサール条約に登録されたと喜ばれているこの渡良瀬遊水池ではあるが,その歴史を遡れば,明治維新以降の産業化過程が生んだ〈負の遺産〉を,ネコババ的に隠蔽したその「不自然な姿容:風景」にほかならない。

 渡良瀬遊水池を解説する文章は,こう美しく語っている。

 a)「概要」 渡良瀬遊水地は関東平野の中央,東京から約60kmに位置し,茨城県・栃木県・群馬県・埼玉県の4市2町にまたがる本州最大のヨシ原を主体とする湿地です。洪水多発地域に造成された渡良瀬遊水地は,治水・利水を目的に整備されました。広さは約3,300ha(うち2,861haがラムサール条約湿地),外周は約30 ㎞あり, 南部にはハート型が特徴的な渡良瀬貯水池(通称:谷中湖)があります。

 b)「自然」 貴重な湿地環境が保たれている渡良瀬遊水地は、さまざまな生き物たちの宝庫になっています。

 まず植物では,広大なヨシ原を有するほか,河川の氾濫原を主な生育環境とするタチスミレ・トネハナヤスリなどの希少種約60 種類のほかに,渡良瀬遊水地で発見され「渡良瀬」の名前を冠するワタラセツリフネソウなど約1,000種類が生育しています。

 つぎに野鳥は約250 種類。これは日本で確認された野鳥の種類の約半分と言われており,環境省レッドリストで絶滅危惧ⅠB種とされるチュウヒの越冬地になるほか,オオセッカやオオヨシキリなどが生育します。また昆虫は,ワタラセハンミョウモドキやオオモノサシトンボなど62種類の国指定絶滅危惧種を含む約1,700 種類が生育します。
 註記)http://www.ramsarsite.jp/jp_45a.html

 以上に参照したこの「ラムサール条約登録湿地関係市町村会議」というホームページで,渡良瀬遊水池に関して参照した頁の解説は,足尾銅山「鉱毒」問題の歴史には一言も触れていない。渡良瀬遊水池の湿地の地下には,日本帝国主義侵略路線のためにとってみれば必須の物資であった銅の生産がもたらした〈鉱毒〉が,いまもなお湖底(?)に堆積している。ただ,すぐにはみえなくしてあるだけであって,掘り返せば「過去の歴史」そのものが「残骸として」姿を現わす。

 しかし,渡良瀬遊水池に関する話題は,ここまででよいことにする。本ブログ内では天皇・天皇制の問題に関連させた記述があった。つぎの2稿である。

 ◇-1 2014年02月08日「原発運動啓蒙書『反原発へのいやがらせの全記録-原子力ムラの品性を嗤う-』2014年1月」

 ◇-2 2014年05月24日「天皇夫妻の『私的な公的旅行』に関する一考察」

 つぎに水俣病に話題を移して少し語ろう。水銀ヘドロについて,こういう説明がなされている。これは「水銀汚染された海をどうやってきれいにするんですか?」「もう,水俣湾には有機水銀は残ってないんですか?」「水俣湾にふくまれる有機水銀の量は減ってきているんですか?」「埋め立てたヘドロからは水銀はでてこないんですか?」などの問いに対する答え:解説である。

 「海水は入れかわるのでチッソが水銀の垂れ流しをやめるとすぐにきれいになっています。海底には水銀を含んだヘドロがありましたが,浚渫(しゅんせつ=水底の土砂をさらうこと)したので,海底の水銀もほとんどなくなりました。浚渫された海底の水銀ヘドロは水俣湾に埋立地を作って閉じこめてあります」。

 「鉄の板で埋め立てた水銀ヘドロと海水は仕切られています。ですからほとんど外には流れでないと思います。しかし,鉄の仕切りは50年しかもたないといわれていますので,鉄がさびてアナがあいたり、仕切りがこわれたりすると水銀が海に流れ出る危険性はあります」。
 註記)http://www.soshisha.org/nyumon/shitsumonbako/genzai.htm

 水俣病関係の跡始末問題はこのようにまだ,将来において「水銀ヘドロの漏れ出し現象」が起きるかもしれないと心配されてもいる。すなわち,こちらの公害問題でもやはり〈ネコババの態度〉で地球環境をいじくるほかなかった経緯が語られている。

〔ここで再度,姫野の本文引用に戻る ↓ 〕
 『人を喰う機械』のこと。--この〔前段の〕たとえでも分かるとおり,原子力発電というのは本質的に兵器や戦争の範疇,ないしは実験室の範疇のものだということです。原子炉というのは人を喰う機械です。いけにえ,人柱を要求するという点ではある種,神的なまたは悪魔的な機械だともいえる。原子力の火はたしかに神の火ではあるのでしょう。しかし,この神の火をわれわれ人間は使いこなすことができないのです。これは人間が扱ってはならない火なのです。だからこそいざというときにいけにえが必要になってしまう。
 補注)高木仁三郎『プルトニウムの恐怖』(岩波書店,1981年)は,第1章を「パンドラの筺は開かれた」という文句(章題)ではじめており,最後のほうの第6章では「ホモ・アトミクス」という題目をかかげていた。

 たしかに,「3・11」までは,もしかすると日本国の住民・市民全員が,このホモ・アトミクス的な人間存在にさせられそうな時代であった。原水爆が「悪魔の兵器」(高木,14頁)であれば,原発は「悪魔の発電機」である。その原発が大事故を起こした。以前にはチェルノブイリ原発事故が起きていた。それでも,人間どもはまだ原発に懲りていないらしい。

〔姫野の本文引用に戻る→〕 原子炉建屋が一気に吹き飛んだあの映像は衝撃的でした。ニューヨークのツインタワーが崩れ落ちたときの何十倍もの恐ろしさを感じました。身近だということ,被害があの場所だけに限定されず放射能汚染の悪夢が現実になるかもしれないということ。そうしたことがまずは恐ろしかった。

 そしていま現在も三十数万の人々が故郷を追われ,自分の町に帰ることができずにいる。私の親しい友人である某ジャーナリストは福島の地をめぐりにめぐって取材を重ねた結論として,「原発事故というのは社会が受忍する限度をはるかに超えた事象だ」といっています。そのとおりだと私も思う。

 いまになって放射能はさほど身体に悪影響を与えないといい出している人がいます。除染の必要もないし,すべては杞憂に過ぎず,だから逃げている人たちも本当は平気な顔で故郷の町や村に帰っていいのだといい出している人さえいる。要は直接的な被曝さえしなければいいのだと。しかし,私はその「直接的な被曝」こそが問題だと考えているのです。

たとえば,現在もあの原発で収束作業に従事している人たちは,かなりの放射線量を浴びています。むろん線量計を身につけて作業にあたり,被曝線量を厳密に測って,限度を超えた人は作業から離れることになってはいる。だけれど,作業員に限ってはすでにして,被曝線量の上限そのものが大幅に引き上げられている。おまけに報道によれば,作業員のなかには線量計をわざと外して,被曝数値が増えないよう工夫したうえで作業を続けている人もいるという。

 私たちは内心で,実はよく分かっているのですね。あの現場ではたくさんの線量を身に浴びながら作業している人たちがいるし,健康被害が充分にありうるほどの線量をすでに浴びた人だってきっといるだろうと。 でもそれはやむをえない。原発がひとたび事故を起こしてしまえば,誰かの肉体が被曝という危険にさらされ,最悪の場合は,誰かが犠牲にならなくてはならない。原子力発電というのは最初からそういうものなのだ,私たちはそんなふうにとうの昔から諦観してしまっているのです。

 原発作業員の健康は本当に大丈夫なのだろうか? 金銭欲や自暴自棄,無知や知恵の不足につけこまれ,誰かが過剰な被曝を受け入れてしまっているのではないか? または,そういう過酷な作業をやらせることで大儲けをしている狡猾なやからがいるのではないか? そういう現実を想像すると心が冷え切っていくのを感じます。そして,きっとそうした現実がたしかにあるのだろうと私は思います。

 3)グロテスクなエゴイズム
 なんどでも繰り返しますが,原子力発電は人の生命や健康(たとえそれがわずかな数であったとしても)をつねに犠牲にすることによって維持されるのです。戦争でもないのにどうして,こんな人柱を必要とする発電所が必要なのでしょうか。もし必要だとするならば,いったいなんのために? 戦争ではないということは,国の自存自衛のためでも民族の繁栄のためでもない。

 それは電気のためなのです。しかも,ここが一番の問題なのですが,われわれは原発がなければ電気が作れないわけではない。とりあえず電気料金を上げれば,別の手段で電気なんていくらでも手に入れることができるし,その技術も充分に開発されている。とどのつまりは,電気のコストを上げないために原発が必要で,または電力会社のバランスシートを真っ赤にしないために必要で,そのために私たちは人柱や特攻隊が必要な戦争仕様の原子力発電を,いまだに続けているのです。
 補注)この段落の論旨は,原発「安価」論にまだ囚われている。原発を止めればたしかに,いまは電気代の基礎をなす原価構成において不利が生じるが,将来的には原発なしのほうがより安価な電気を入手できる。

これは根本的に間違った態度だと私は思う。日ごろは「戦争反対」だの「生命の尊厳の尊重」だのを声高に叫んでいるくせに,電気料金を安く済ませるためだけに「人間の生命を喰らう機械」の存在を受け入れつづける。これほどご都合主義で手前勝手な態度があるでしょうか。われわれはみずからの豊かな生活のために誰かの安全を金銭の力で奪ってよいのでしょうか?

 それは実に倒錯したグロテスクなエゴイズムではないでしょうか? そうしたかねての疑問に都市生活者や私のような高額所得者は,今回あらためて強く気づかされたのだと思います。放射性廃棄物の問題もまったく同様です。これもやはり誰か,たとえ少数であっても弱者の犠牲を初めから前提としている。

 原発をめぐっては本当にかなしい現実がたくさんある。原子力発電所を抱えた自治体が再稼働を容認するという現実。たくさんの金が落ちるという理由で〔使用済み核燃料〕再処理施設を引き受けようとする僻地の現実。いざ事故が起きればもっとも甚大な被害を受けるであろう人びとが,「でもそんな万が一のことを心配していたらその日その日の暮らしが成り立たない」という。そうしたかなしいセリフをいわせてしまうような発電システムが原子力発電なのです。これもまた人柱の思想なのではないでしょうか?
 補注)この指摘は理屈そのものとしてはそのとおりである。しかし,総括原価方式という会計方法が電力会社には許されてきた背景事情をしっているのであれば,いちがいにそのようにはいえない。電力会社を囲む「原子力村利害共同体諸集団」の政治経済的な構造=仕組を変えられなかった国民・市民・庶民の側にも,若干の責任がなかったといえなくはない。

 総括原価方式によって収益と利潤をタップリ確保することができた「地域独占企業事業体」である電力会社だからこそ,対社会における利害関係管理を,金銭尽くでなんでもゴリ押しできていたのである。

〔姫野の本文引用に戻る→〕 存続するために誰かの生命をつねにおびやかし続ける。時によって大勢の人びとを死に至らしめてしまう。原子力発電とはそういうものです。 誰かの犠牲を前提とした繁栄は許されるのか?

 南北問題に象徴されるように私たちはいま,この人類として本質的な問題を世界でも抱え,国内でも抱えている。物質的な豊かさを求めることが,単に物質の獲得競争に終わらず,誰かしらない人たちの生命の安全を引きかえにしているという冷厳たる現実に,私たちはとっくの昔に気づいています。そしてものすごく居心地の悪いもの,もっといえば深い罪悪感のようなものを抱えて1人ひとりが苦しんでいるのです。

 原子力発電の問題もその典型的な一事例に過ぎません。

 4)核兵器より悪質なもの
 原子力の開発は,もともと兵器としての有用性が先に認められ,実証されて始まったものです。それ以前にあったのは,科学者たちの純粋に科学的な好奇心でした。この世界に存在する4つの力(重力・電磁気力・大きな核力・小さな核力),そのなかでもっとも巨大な「大きな核力」を手に入れたい,無限のエネルギーを獲得したいという彼らの野心が,原子爆弾というかたちで,真っ先に結実しました。そして,その瞬間に,このエネルギーの運命は決まってしまったのです。原子力技術は徹頭徹尾,軍事技術として封じこめておくべきものだったのだと思います。

 相互確証破壊の戦略・恐怖の均衡理論の登場は,世界平和に大きな役割を果たしたと思います。東西対立が破局的な第3次世界大戦にまで発展しなかった一大要因は,やはり米ソの核武装による冷戦にありました。私は核武装を完全には否定しません。相手国の核武装を解除するためには自国の核武装が手続としてまず必要なのかもしれない。核兵器はあらゆる人に対して破滅をもたらすという点で,そのボタンを押すことを誰もがためらってしまう。その意味で核兵器の恐怖は全人類的であり,だからこそ一定の戦争抑止力をもつことができたのです。

 原子力発電が核兵器よりもさらに悪質であるのは,とりあえず一部の人間たちの安全がおびやかされるだけで済んでしまっていることです。原発事故の前であれば通常の被曝を伴う作業従事者=原発作業員に,今回のような事故が起きても,あの福島第1原発の周辺地域の人びとや原発内で事故収束のために働いている作業員だけに危険は限定されている。

 しかし,本来そのような人命を犠牲にする技術は実用化してはならない。原発は人を殺すための軍事技術とは違う。にもかかわらず人命の犠牲を前提としている点で,私は核兵器よりもさらにたちが悪いものだと考えているのです。

 むろんテロの脅威もゆるがせにできません。ニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機を突入させたテロリストたちが,また西側世界の混乱を引き起こそうとするならば,今度はどこかの国の原子力発電所に突入するのではないでしょうか。想像するだに身の毛のよだつような事態です。

 現在の議論を俯瞰すると,「とてつもない災厄を生み,ものすごい数の人間が死んだり健康被害を受けるから」という観点での原発反対論が主流です。ですが私は,極端にいうならば,大事故が起きたときにたとえ1人でも生還を期すことのできない任務を覚悟しなくては,それを抑えこめない技術は平時では許されないと考えます。

 それは戦時の技術であって平時の技術ではない。原子力発電の最大の問題点はそこにあるのです。原子力発電が生得的にまとっているその戦時的性質ゆえに,私たちはこの原発という存在をけっしして自分たちの社会のなかに受け入れてはならないのだと私は確信しているのです。(つづく) (更新 2016/7/30 )
 註記)http://dot.asahi.com/column/plastic/2016072600102.html
    http://dot.asahi.com/column/plastic/2016072600102.html?page=2
    http://dot.asahi.com/column/plastic/2016072600102.html?page=3
    http://dot.asahi.com/column/plastic/2016072600102.html?page=4

 すなわち,その「戦時の技術であって平時の技術ではない」「原子力発電の最大の問題点」は,まったくその「戦時的性質」にあるということになれば,原発を利用して電力をえている社会経済は,いいかえるまでもないが,ただちに「戦時体制下にある」といわねばならないことにもなる。

 さらにいいかえれば,われわれは21世紀になってもまだ,原発を使用しつづけることによって,「いよいよ社会をアリ地獄に追いこんでいく」(高木仁三郎『プルトニウムの恐怖』221頁)事態を,より確実にしつつある。「その不確かさの幅を考慮しても,……危険性や社会的歪みという犠牲を覚悟して余りあるほどの魅力は原子力にない」(同書,220頁)。

 原子力工学者のなかではいまだに「3S+E」,つまり「安全性(Safety)・エネルギー安定供給(Energy Security)・経済効率性(Economic Efficiency)+環境への適合(Environment)」を強説する者たちがいる。だが,日本の原発体制における実績は,そのすべてにおいて失格し,失効になった事実を教えている。

 ③ 原発コスト論-核発電は高くつく-

 「3・11」が発生してから間もないころすぐに,こういう議論がなされていた。あれから5年以上が経ったが,おおよそのところ,この説明が原発に関する概要を適切に把握していた。
※ 原発のコスト ※

・廃炉コスト1機「最低5000億円 」

・使用済み核燃料の処理費用「半分」だけ処理した場合で「最低30兆円」

・日本の場合は夜間に原子力発電で作った電気を捨てているので,さらに「発電コスト30%超え」(揚水発電の原価を加算する)

・原子力関係の補助金「年間8000億円」

・原子力発電のためのの火力や風力と比べて長い送電コストが「3兆円」

・さらににまわりの住人に払っている補助金も原子力の発電コスト「年間数百億」

・高速増殖炉もんじゅの建設費用「2兆5000億円」,「年間500億円」の維持費(もんじゅは1ワットも発電してない)

・今回の福島原発事故での最低保障額「10兆円」(外国の試算では300兆と計算している)

風力発電
 1基建設費 ・・・・ 120億円
 発電量 ・・・・・・  6.6万kWh

LNG(ガス発電)
 1基建設費 ・・・・ 190億円
 発電量・・・・・・  100万kWh

原子力発電
 1基建設費・・・・ 5500億円
 発電量・・・・・・  60万kWh
 --風力発電を20基する維持・管理するのに必要な敷地と原発1基の敷地は同じ

◆ 資源の埋蔵量
  風力  地球が壊れるまで
  ウラン 53年
  LNG 200年以上(シェールガス革命により激増)

◆ 資源の値段
  風力 ただ
  ウラン 2000年と比べ10倍に値段高騰
  LNG 2000年より 5%値段が下がる
 註記)http://www.asyura2.com/11/hasan71/msg/433.html

 風力・太陽光エネが原発を逆転し,スマートグリットで電力の30%40%まで問題なく,風力は通常の送電網に組みこめ,安定的に電力供給可能なことが理論・実証の両方で確認されています
 註記)http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2011041602100026.html

  原発高いね。全然安くない。マジで利権のためだけに推進されてきたんだな。日本の割高な電気料金は原発のPRとかに金がかかってるせいもあるだろ。福島原発事故では石棺を作るだけでも4兆円,賠償金の支払いはどう考えても10兆円を越すと試算されている。健康被害などによる長期的な悪影響を含めると全体で 100兆円を超す損害が出るだろう。普通に国が傾くよ。たとえ1000年に一度しか原発事故が起きないとしても割に合うもんじゃないよ!
 註記)以上,③ は,http://0dt.org/000973.html
 補註)石棺の構想は福島第1原発事故現場の場合,地域住民の反撥が強く,現在のところまだ計画はない。
 以上に参照した分析は,最後のまとめの文句がほぼ妥当な理解を示している。原発は「割りに合わない」という基本的な認識が結論である。しかもこれは,単なる結論ではなく「3・11」によって〔チェルノブイリ原発事故もあって〕,さらに実証された事項である。それでも「原子力に魅力を感じる」者は,きっとなにかに囚われている自分自身を,客観的にみなおすことができないでいる。そう観るほかあるまい。

 次回の続編でくわしくとりあげるが,『日本経済新聞』の2016年7月29日朝刊〔だけでなく,すべてのマスコミが報じている記事であるが〕は,「廃炉費用 国に支援要請-東電,当初見込み大幅超過」という見出しの記事を掲載していた。この記事の文句そのものは,以前より予想(予測)できていたものであった。これからも同じような中身を報道する記事が,続々と登場するはずである。なにせ「相手は《悪魔の火》」であるゆえ,この特性からすれば,なにが・どのように起きても驚くことはない。

 原発は「悪魔的な機械」だと前段のなかで記述されていた。だが,それ以上に「核発電は《悪魔の火》そのものを燃料にしている」のだから,その後始末じたいが,まともに・簡単にできるなどと考えるほうが甘いのである。これからもなにかにつけて原発の問題は,いちいちひどく〈手を焼かせる〉材料でありつづける。



<転載終了>







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