123便事変が墜落事故などでなかったことは多くの物的証拠から、もはや明らかであります。そして、有名大学教授に、もはやあり得ない隔壁破壊による事故メカニズムを強弁させ、それに合わせるようにフライトレコーダを捏造してまで、国はそれを徹底的に隠蔽しました。何より驚きなのは、私自身の調査活動を通して、国家権力をはるかに凌駕する正体不明の闇組織の存在が露になったことです。
この国では、問う責任を何ひとつ問わない状況が野放しにされている。
国家権力と大資本は「自分に甘く他人に厳しい」のである。
読者の皆様がお気づきのように、この構図は福島原発の放射能災禍における隠蔽構造にそのままピタリと当てはまるのが分かります。関東・東北地方で未だにヨウ素が検出され、東京都心でもウランやプルトニウムが検出されているにも拘わらず、一部の学者はそれを「安全」と言い、国は同事故を「収束」と宣言し大飯原発を再稼動させます。同時に、報道機関による宣伝を通して、事故自体がもはや遠い過去の事の様に印象付けるのに躍起です。ネット社会では「原子力村」とか「白蟻」などと呼ばれているようですが、議会審議を経ずして日本政府を直に動かすことのできる、特権的階級(官僚等含む)がどうやら存在していることも公然と囁かれるようになってきました。
だれもが推察している通りメルトスルーしたか核燃料が地下水脈に達し、水蒸気を吹き上げている。まさにそのものでは?人が立ち入れなくなれば、ご存知「悪魔の連鎖」が始まる。
四半世紀の時間を隔て発生した、二つの出来事から見えて来る事実とは、国の意思決定機関(日本政府)が実はただの飾りでしかなかったということ。すなわち、戦後の民主主義政治は全くの虚構でしかなかったという、たいへん根の深い、日本の国体そのものが問われる深刻な状態を指します。何より認め難いのは、両事件とも、闇組織の利益のためなら国民の命の犠牲は厭わないという独善性と残酷さが見られることです。もっとも、民主社会でない、事実上の独裁国家なればそれも当たり前なのかもしれませんが。
戦争すれば2年しか石油が持たないので負けるのは分かっていた
朝鮮人昭和天皇は反対する青年将校たちを皆殺しにして戦争に突入していった
2年しか持たないはずの石油が、なぜそれ以降も持ったのか
実は、アメリカがこっそり売ってくれた
朝鮮戦争でもアメリカは故意に勝たなかった
それで米兵がより死ぬわけだがアメリカは気にしない
つまり、日本もアメリカも勝つことを目的とした戦争ではなかったという衝撃
日本のトップもアメリカのトップも、国民が死んでも気にしない
とりわけ日本のトップは、日本人などみな死んでしまえと思っている朝鮮人だ
明治からずっとそういう状態だ
特定秘密保護法の目的は、政治犯罪を隠匿することで政治家の無責任を合法化する法案である。この法案の原案は前政権の民主党内で策定された。
2009年9月政権交代を果たした民主党は、非核三原則を謳ってノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作が、米国に対して、日本国内に核の持ち込みを許可していた密約の案件を引き継いだ。
岡田克也を中心とした調査メンバーは、密約文書が、佐藤栄作の自宅から発見されたという事実にも関わらず、明文化した日米密約文書はないとしながら、日米合意のもとで核が持ち込まれていたことを認めた。
この日本人だけに通用する玉虫色の決着に米国側は理解できない。民主党政権の外交は失墜。民主党政権は、外交の信頼を担保する法案の策定を始めた。これが秘密保全法である。
2010年8月、日航機123便墜落事故の再調査を前原誠司を中心に行われる。これは2009年12月に、前原誠司を後援する京セラの稲森が日航の再建の責任者となったことと関係する。
稲森は、日航機123便墜落事故に政治犯罪が隠されいることに気が付き、前原誠司がこの事件に関心を持ち、遺族側の要求を受けたというのが真相である。
結果、前原誠司は、2011年7月に123便事故解説書を公開して、事故原因は後部圧力壁の損傷という結果を再主張する。
後部圧力隔壁の損傷は、生存者の証言で有り得ない話であるにも、前原誠司らは、従来の主張を繰り返した。
これは、密約文書が発見されたにも関わらず、明文化された密約文書は存在しないという、岡田克也の調査報告と同じで、論理の破綻は、誰の目にもあきらかである。
にも関わらず、嘘というかデタラメを押し通した。何を守ろうとしたのか、いや、誰を守ろうとしたのか、それとも、脅されたのか。2011年12月には、野田佳彦が秘密保全法を策定。つまり、この時点で、民主党政権が覗いた戦後の政治犯罪の蓋を閉じる法案の基本が策定されたのである。
佐藤栄作の密約は事実確認がされていて、この問題を政治犯罪とするかしないかは日本国民次第であるが、日航機123便の事故は、その凄惨さと冷酷な犯罪が世に出れば、国内外で自民党と政府の信用は失墜するのは必定と考えたのだろうか。
とにかく、野田佳彦の民主党は、戦後の2つの政治犯罪というパンドラの箱を一旦は開けときながら、自分たちの手で再度封印した。
野田佳彦らの見返りはなんだったのだろうか。とにもかくにも、政権交代が起きても、前政権の政治犯罪を追求させないルールをシステム化する秘密保全法を策定。そして、政権に返り咲いた安倍普三の政府は、秘密保全法を特定秘密保法として法案を提出し成立させた。
政権交代がおきても、過去の政治犯罪への調査をさせない。知り得た情報の漏洩をさせない。そして、秘密文書として非公開期限を60年とすること。
このように特定秘密保護法案が策定された経緯を知れば、この法案の弱点がわかる。そう、日本航空123便墜落事故の事故原因である。事故原因が後部圧力壁ではないことは、世界の航空関係者が知っている。事故の生存者の証言でも機内の圧力は下がっていないのだ。
しかし、重要なポイントは、中曽根政権がこの事故を死人に口無しとばかりに、人命救助をしないばかりか生存者を殺害したことである。これを問題とさせないために、事故原因の究明に遺族や関係者の目を向けさていることに気がつかなかればならない。
日航機123便墜落事故は、航空機事故というよりも、証拠隠滅のための殺戮という事件であり、国際刑事裁判が審査する事案であるのだ。
日本側が主張する後部圧力壁の損壊を事故原因とするために、当時の中曽根政権は、外交ルートを通して、ボーイング社と後部圧力隔壁を事故原因とする口裏合わせを要請しているはずだ。この外交文書が、米国の公文書の公開で明らかになれば、国際刑事裁判所も動かざるをえなくなるだろう。
日航123便墜落事故の政治犯罪の首謀者である中曽根康弘は存命中である。かれは、この事件の真相を墓場まで持っていくと公言している。この法案を成立をほくそ笑んでいるのは中曽根康弘なのだ。
このように考えていくと、日航123便墜落事故の事故原因の嘘の証拠となる外交文書が見つければ、この法案の経緯も知られるであろうし、廃案にする道も開かれるはずだ。
しかし、法案成立した現在、日航123便墜落事故を調査をした者は逮捕されてしまう。この政治犯罪を証明するのは、特定秘密保護法が適用されない日本国外の日本国籍以外の人たちに託すしかない。
日本航空123便墜落事故を検証する
リンクより
============(以下引用)=============
1 123便の事故は、誘導ミサイルの実証実験で飛んでいた無人標的機とそれを追尾していた模擬ミサイルが衝突したことで、航空機の制御が不能になったのが原因。
2 123便は、自衛隊の誘導と指示で山腹への胴体着陸を敢行した。従って墜落ではなく不時着である。これは、スコーク77を、そのシステムから意味までを正確に理解することで証明される。
3 機体は大破したが、520名の乗員・乗客の中で、多数の生存者がいたが、救出されたのは4人だけで、あきらかに他殺とわかる死体もあり、殺人事件であることが明白。
4 救出が遅れたのは政府の意図的な指示によるもので、救出までの空白は、事故の証拠隠滅であるのは明白。生存者の殺害も証拠隠滅の一環。
5 123便事故の犯罪は、生存者の証言と、元米軍パイロットの証言、そして、2000年に公開されたボイスレコーダーで十分に証明できる。
6 証拠隠滅を指示したのは、第2次中曽根第1次改造内閣の首相である中曽根康弘、指示を実行したのは、防衛庁長官加藤紘一、米国との証拠隠滅の口裏わせをしたのは、外務大臣の安倍晋太郎。彼らがこの国際刑事裁判の被告だ。
7 日本政府は、2015年、米国の公文書が公開されるのに合わせて、この事故の真相が明らかにならないように、被告本人や遺族ら関係者は、秘密特定保護法を制定した。この、法案施行前に事件の解明と国際刑事裁判の訴追手続きをしなければならない。
プラザ合意(先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議)の背景と日航機事故 ブログ『(新)日本の黒い霧』より
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=266048
ブログ『(新)日本の黒い霧リンク』の続報です
当時脱米を目指していた、日本 ドイツ フランスと、プラザ合意の内容を加速させた、
(1)1985年7月 虹の戦士号爆破事件(フランス)
(2)1985年8月 ドイツスパイ事件(西ドイツ)
(3)1985年8月 日航機事故(日本)
の関係についの記載です。
以下引用
*********************************************************
■1985年、プラザ合意(先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議)の背景と日航機事故
日航機事件が発生した1985年、未曾有の520名が死亡するという大事故から、わずか一月余りの9月、米国においてプラザ合意が電撃的に締結されます。これにより、1ドル240円台前後だった為替レートが、1年後には150円台になるという、急激な円高が始まります。
実は、この年の1月にも同じ先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議、加えて6月にも東京で先進10ヶ国蔵相会議が開かれています。基本的に財政赤字と貿易赤字という双子の赤字に悩む米国経済を他の先進国がどう支援するかというのがお題目だったのですが、当時の報道を読む限り、1月の会議でも日本の円高を容認するという意味での合意が甚だしく不調だった痕跡は認められません。ところが、1月の会議直後はむしろ円安に振れ、会議から半年経っても、10円程度の円高に留まりました。その成果は9月の合意に比べれば見る影もありません。
注意すべきなのは、同じくG5の参加国である西ドイツ、フランスの動きです。特に西ドイツのコール首相(当時)は、前年1984年の5月にはフランスと軍事協力協定を調印し、翌1985年には1月、8月とフランスのミッテラン大統領との間で2回も首脳会談を行っています。国際軍事評論家B氏のお話によると、コール首相は米国支配の軍事・経済網から離脱するため、隣国フランスと連携を強め、最終的にはNATO軍の脱米国依存、独立軍化を狙って積極的に外交を進めていたと言います。ここで、ヨーロッパへの影響力を失うことなど、米国政府として到底容認できなかったことは容易に想像されます(*1)。
巨額の対米貿易黒字で潤う日本、米国の影響力排除を計る独仏。しかも、日本は円高を誘導すべき1985年1月のG5の合意を、まともに実行しようとする気配はありません。日本の経済的立場からすれば、自らの不利益になる円高誘導案など飲めるはずがないという理屈も、透けるように見えてきます。貿易立国、電子立国と、現在の姿からは想像できない程の経済力を蓄えた日本が次に打ち出したプランが、アジア共通通貨圏構想だったのです。つまり、将来的なFRB(米国連邦準備制度)からの離脱宣言です。加えて、西ドイツも経済は極めて好調、心配されるのは中距離核弾頭SS20を配備したソ連の動き位だったかもしれません。
ここで、プラザ合意前の「脱米国」という日独仏の基本スタンスがくっきりと見えてきます。そんな矢先に起こったのが次の大事件・大事故です。
(1)1985年7月 虹の戦士号爆破事件(フランス)
(2)1985年8月 ドイツスパイ事件(西ドイツ)
(3)1985年8月 日航機事故(日本)
そして、この3国内政を揺るがした国内事件・事故の直後(9月)に、プラザ合意が改めて締結されるのです。この年、何と3回目の世界的蔵相会議にてです。
(1)の事件では、フランス政府が爆破事件への関与を認め、諜報工作機関(DGSE)の局長が解任され、国防大臣が辞任するなど、フランス国内の大スキャンダル事件となりました。また、(2)の事件では、コール首相の女性秘書とその夫が東側のスパイとされ、国家重要機密情報の流出懸念と、首相の脇の甘さが問題視された大スキャンダルとなりました。そして(3)の日航機事故こそ、表面上でも520名が死亡する大事故として世間の大きな関心を集め、一方その裏側では、本ブログでお伝えしているように、日米ソの軍部が直接介入する程の、未曾有の大事件(事変)であったのです。
もう一つ、両事件に共通しているのは、世界がそれに沈黙しているという、やはり理解し難い事実が含まれていることです。123便の場合は、繰り返しになりますが、自衛隊のみならず、米軍、ソ連軍の航空機、戦闘車両、ミサイル等の破片が墜落現場周辺から相当量見つかっており、物的証拠の数だけでなく、当時の世界的冷戦構造から言えば、世界史に大きく記載されてもおかしくない国際的軍事紛争であったことが分かります。
事変当時に超大国と呼ばれた米ソカ国が、日本国内で軍事衝突、あるいは軍事紛争に巻き込まれながら、どうして日本の隠蔽工作に合わせるように事実を沈黙しているのか?日本の国情は別として、当時、ソ連のSS20中距離ミサイル配備に関連して、激しく対立していたはずの米ソが何故ここで歩調を合わせたのか、この点に関しては今もって謎だらけだと言えます。もちろん、冷戦構造自体が初めから東西陣営了解の下のヤラセ劇であれば説明はある程度可能ですが、それでも、墜落現場で発見され、激しく破壊された軍用機の破片は、それが本物の戦闘、殺し合いであることを雄弁に物語っており、ヤラセの一言で片付けられない事実性を含んでいます。
先日、元さんに、言葉を慎め多重債務国、と叱られたドル詐欺陣営ですが、元さんに言い返せないので、日本に八つ当たりしたという感じの地震です。
箱根も私が若い時みたいにボコッと来たようで、ドル詐欺陣営警戒警報発令です。
アマが、箱を積み上げたパチプロが更に突っ込むように取り下げませんが、私のパチンコみたいに、今日の所はこれで勘弁したるわという感じで引き下がらないのが深刻さを物語っています。
世界は、ドル詐欺が崩壊しても、大損と丸損を覚悟すれば、実体経済は大丈夫という所まで漕ぎ着けましたが、ハザール過激派にしてみれば、自分も先祖も全否定されるようなものですから、我々の踏ん切りと仕切り直しと少し前向きな姿勢と裏腹に、なんとしても南シナ海詐欺を糸口に第三次世界大戦に持ち込みたく、悪足掻きしたい訳ですが、どうにも安倍の全速力が遅く感じられ、足が遅いなら人間ロケットで飛べやーとお笑い芸人みたいに拍車を入れられたという感じですが、待ちきれぬ相方が南シナ海のステージにどうもーとピンで漫才を始めてしまったのにぼけ役が日程を間違えて急いで会場に向かっているが、沖縄知事のハードタックルをみぞおちに食らい、小沢の時みたいにポンポンが痛くなってきて、もう、おじーたんみたいにエンタの神様で優勝して引退じゃなくてもいいよー、人間の鎖怖いよー、野田ブーみたいに大きな音だねとか無神経な感想は出ないよー、安保闘争だけじゃなく健保闘争の連中も盛り返してるじゃーん、もう福島誤魔化すの限界だよー、つーかボクチンより沖縄知事のがカリスマってんじゃーん、僕も東京ドームで五万人から、アイアムノータリンのプラカードで祝福されたいよー、名ばかり総理とか馬鹿にすんなよー、頭越しに元さんやオバカに会うのやめろよー、官邸が追い出し部屋みたいじゃねーかー、問屋不要論みたいな事言うなよー、閣議決定が馬鹿みたいじゃんかー、総理大臣を神のように崇めろよー、僕の次は慶應裏口の息子の関東学院だぞー、宅建より簡単なんだぞー、ともかく尊敬しろー。
てな感じで、ぼけもつっこみもちぐはぐで、やはりアホブッシュのあたりから馬鹿をトップに据える手法が、御輿が軽すぎて、パー過ぎて、担ぎ手が剥き出しになり、全ての芝居が脚本だとばれてしまった中で、台本を丸暗記していればまだ救いがありますが、リハみたいに台本を持ちながら、大平のアーウーみたいにヒトラーキャラを演じるものだから、お客さんの方が落ち着いて読めー、ふしゅーじゃなくて踏襲だぞー、だからみぞゆーじゃなくて未曾有だってーのー、朗読ぐらい練習して出てこいー、とひょっとこ末期のように馬鹿にしてる感じです。
この国では、問う責任を何ひとつ問わない状況が野放しにされている。
国家権力と大資本は「自分に甘く他人に厳しい」のである。
読者の皆様がお気づきのように、この構図は福島原発の放射能災禍における隠蔽構造にそのままピタリと当てはまるのが分かります。関東・東北地方で未だにヨウ素が検出され、東京都心でもウランやプルトニウムが検出されているにも拘わらず、一部の学者はそれを「安全」と言い、国は同事故を「収束」と宣言し大飯原発を再稼動させます。同時に、報道機関による宣伝を通して、事故自体がもはや遠い過去の事の様に印象付けるのに躍起です。ネット社会では「原子力村」とか「白蟻」などと呼ばれているようですが、議会審議を経ずして日本政府を直に動かすことのできる、特権的階級(官僚等含む)がどうやら存在していることも公然と囁かれるようになってきました。
だれもが推察している通りメルトスルーしたか核燃料が地下水脈に達し、水蒸気を吹き上げている。まさにそのものでは?人が立ち入れなくなれば、ご存知「悪魔の連鎖」が始まる。
四半世紀の時間を隔て発生した、二つの出来事から見えて来る事実とは、国の意思決定機関(日本政府)が実はただの飾りでしかなかったということ。すなわち、戦後の民主主義政治は全くの虚構でしかなかったという、たいへん根の深い、日本の国体そのものが問われる深刻な状態を指します。何より認め難いのは、両事件とも、闇組織の利益のためなら国民の命の犠牲は厭わないという独善性と残酷さが見られることです。もっとも、民主社会でない、事実上の独裁国家なればそれも当たり前なのかもしれませんが。
戦争すれば2年しか石油が持たないので負けるのは分かっていた
朝鮮人昭和天皇は反対する青年将校たちを皆殺しにして戦争に突入していった
2年しか持たないはずの石油が、なぜそれ以降も持ったのか
実は、アメリカがこっそり売ってくれた
朝鮮戦争でもアメリカは故意に勝たなかった
それで米兵がより死ぬわけだがアメリカは気にしない
つまり、日本もアメリカも勝つことを目的とした戦争ではなかったという衝撃
日本のトップもアメリカのトップも、国民が死んでも気にしない
とりわけ日本のトップは、日本人などみな死んでしまえと思っている朝鮮人だ
明治からずっとそういう状態だ
特定秘密保護法の目的は、政治犯罪を隠匿することで政治家の無責任を合法化する法案である。この法案の原案は前政権の民主党内で策定された。
2009年9月政権交代を果たした民主党は、非核三原則を謳ってノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作が、米国に対して、日本国内に核の持ち込みを許可していた密約の案件を引き継いだ。
岡田克也を中心とした調査メンバーは、密約文書が、佐藤栄作の自宅から発見されたという事実にも関わらず、明文化した日米密約文書はないとしながら、日米合意のもとで核が持ち込まれていたことを認めた。
この日本人だけに通用する玉虫色の決着に米国側は理解できない。民主党政権の外交は失墜。民主党政権は、外交の信頼を担保する法案の策定を始めた。これが秘密保全法である。
2010年8月、日航機123便墜落事故の再調査を前原誠司を中心に行われる。これは2009年12月に、前原誠司を後援する京セラの稲森が日航の再建の責任者となったことと関係する。
稲森は、日航機123便墜落事故に政治犯罪が隠されいることに気が付き、前原誠司がこの事件に関心を持ち、遺族側の要求を受けたというのが真相である。
結果、前原誠司は、2011年7月に123便事故解説書を公開して、事故原因は後部圧力壁の損傷という結果を再主張する。
後部圧力隔壁の損傷は、生存者の証言で有り得ない話であるにも、前原誠司らは、従来の主張を繰り返した。
これは、密約文書が発見されたにも関わらず、明文化された密約文書は存在しないという、岡田克也の調査報告と同じで、論理の破綻は、誰の目にもあきらかである。
にも関わらず、嘘というかデタラメを押し通した。何を守ろうとしたのか、いや、誰を守ろうとしたのか、それとも、脅されたのか。2011年12月には、野田佳彦が秘密保全法を策定。つまり、この時点で、民主党政権が覗いた戦後の政治犯罪の蓋を閉じる法案の基本が策定されたのである。
佐藤栄作の密約は事実確認がされていて、この問題を政治犯罪とするかしないかは日本国民次第であるが、日航機123便の事故は、その凄惨さと冷酷な犯罪が世に出れば、国内外で自民党と政府の信用は失墜するのは必定と考えたのだろうか。
とにかく、野田佳彦の民主党は、戦後の2つの政治犯罪というパンドラの箱を一旦は開けときながら、自分たちの手で再度封印した。
野田佳彦らの見返りはなんだったのだろうか。とにもかくにも、政権交代が起きても、前政権の政治犯罪を追求させないルールをシステム化する秘密保全法を策定。そして、政権に返り咲いた安倍普三の政府は、秘密保全法を特定秘密保法として法案を提出し成立させた。
政権交代がおきても、過去の政治犯罪への調査をさせない。知り得た情報の漏洩をさせない。そして、秘密文書として非公開期限を60年とすること。
このように特定秘密保護法案が策定された経緯を知れば、この法案の弱点がわかる。そう、日本航空123便墜落事故の事故原因である。事故原因が後部圧力壁ではないことは、世界の航空関係者が知っている。事故の生存者の証言でも機内の圧力は下がっていないのだ。
しかし、重要なポイントは、中曽根政権がこの事故を死人に口無しとばかりに、人命救助をしないばかりか生存者を殺害したことである。これを問題とさせないために、事故原因の究明に遺族や関係者の目を向けさていることに気がつかなかればならない。
日航機123便墜落事故は、航空機事故というよりも、証拠隠滅のための殺戮という事件であり、国際刑事裁判が審査する事案であるのだ。
日本側が主張する後部圧力壁の損壊を事故原因とするために、当時の中曽根政権は、外交ルートを通して、ボーイング社と後部圧力隔壁を事故原因とする口裏合わせを要請しているはずだ。この外交文書が、米国の公文書の公開で明らかになれば、国際刑事裁判所も動かざるをえなくなるだろう。
日航123便墜落事故の政治犯罪の首謀者である中曽根康弘は存命中である。かれは、この事件の真相を墓場まで持っていくと公言している。この法案を成立をほくそ笑んでいるのは中曽根康弘なのだ。
このように考えていくと、日航123便墜落事故の事故原因の嘘の証拠となる外交文書が見つければ、この法案の経緯も知られるであろうし、廃案にする道も開かれるはずだ。
しかし、法案成立した現在、日航123便墜落事故を調査をした者は逮捕されてしまう。この政治犯罪を証明するのは、特定秘密保護法が適用されない日本国外の日本国籍以外の人たちに託すしかない。
日本航空123便墜落事故を検証する
リンクより
============(以下引用)=============
1 123便の事故は、誘導ミサイルの実証実験で飛んでいた無人標的機とそれを追尾していた模擬ミサイルが衝突したことで、航空機の制御が不能になったのが原因。
2 123便は、自衛隊の誘導と指示で山腹への胴体着陸を敢行した。従って墜落ではなく不時着である。これは、スコーク77を、そのシステムから意味までを正確に理解することで証明される。
3 機体は大破したが、520名の乗員・乗客の中で、多数の生存者がいたが、救出されたのは4人だけで、あきらかに他殺とわかる死体もあり、殺人事件であることが明白。
4 救出が遅れたのは政府の意図的な指示によるもので、救出までの空白は、事故の証拠隠滅であるのは明白。生存者の殺害も証拠隠滅の一環。
5 123便事故の犯罪は、生存者の証言と、元米軍パイロットの証言、そして、2000年に公開されたボイスレコーダーで十分に証明できる。
6 証拠隠滅を指示したのは、第2次中曽根第1次改造内閣の首相である中曽根康弘、指示を実行したのは、防衛庁長官加藤紘一、米国との証拠隠滅の口裏わせをしたのは、外務大臣の安倍晋太郎。彼らがこの国際刑事裁判の被告だ。
7 日本政府は、2015年、米国の公文書が公開されるのに合わせて、この事故の真相が明らかにならないように、被告本人や遺族ら関係者は、秘密特定保護法を制定した。この、法案施行前に事件の解明と国際刑事裁判の訴追手続きをしなければならない。
プラザ合意(先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議)の背景と日航機事故 ブログ『(新)日本の黒い霧』より
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=266048
ブログ『(新)日本の黒い霧リンク』の続報です
当時脱米を目指していた、日本 ドイツ フランスと、プラザ合意の内容を加速させた、
(1)1985年7月 虹の戦士号爆破事件(フランス)
(2)1985年8月 ドイツスパイ事件(西ドイツ)
(3)1985年8月 日航機事故(日本)
の関係についの記載です。
以下引用
*********************************************************
■1985年、プラザ合意(先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議)の背景と日航機事故
日航機事件が発生した1985年、未曾有の520名が死亡するという大事故から、わずか一月余りの9月、米国においてプラザ合意が電撃的に締結されます。これにより、1ドル240円台前後だった為替レートが、1年後には150円台になるという、急激な円高が始まります。
実は、この年の1月にも同じ先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議、加えて6月にも東京で先進10ヶ国蔵相会議が開かれています。基本的に財政赤字と貿易赤字という双子の赤字に悩む米国経済を他の先進国がどう支援するかというのがお題目だったのですが、当時の報道を読む限り、1月の会議でも日本の円高を容認するという意味での合意が甚だしく不調だった痕跡は認められません。ところが、1月の会議直後はむしろ円安に振れ、会議から半年経っても、10円程度の円高に留まりました。その成果は9月の合意に比べれば見る影もありません。
注意すべきなのは、同じくG5の参加国である西ドイツ、フランスの動きです。特に西ドイツのコール首相(当時)は、前年1984年の5月にはフランスと軍事協力協定を調印し、翌1985年には1月、8月とフランスのミッテラン大統領との間で2回も首脳会談を行っています。国際軍事評論家B氏のお話によると、コール首相は米国支配の軍事・経済網から離脱するため、隣国フランスと連携を強め、最終的にはNATO軍の脱米国依存、独立軍化を狙って積極的に外交を進めていたと言います。ここで、ヨーロッパへの影響力を失うことなど、米国政府として到底容認できなかったことは容易に想像されます(*1)。
巨額の対米貿易黒字で潤う日本、米国の影響力排除を計る独仏。しかも、日本は円高を誘導すべき1985年1月のG5の合意を、まともに実行しようとする気配はありません。日本の経済的立場からすれば、自らの不利益になる円高誘導案など飲めるはずがないという理屈も、透けるように見えてきます。貿易立国、電子立国と、現在の姿からは想像できない程の経済力を蓄えた日本が次に打ち出したプランが、アジア共通通貨圏構想だったのです。つまり、将来的なFRB(米国連邦準備制度)からの離脱宣言です。加えて、西ドイツも経済は極めて好調、心配されるのは中距離核弾頭SS20を配備したソ連の動き位だったかもしれません。
ここで、プラザ合意前の「脱米国」という日独仏の基本スタンスがくっきりと見えてきます。そんな矢先に起こったのが次の大事件・大事故です。
(1)1985年7月 虹の戦士号爆破事件(フランス)
(2)1985年8月 ドイツスパイ事件(西ドイツ)
(3)1985年8月 日航機事故(日本)
そして、この3国内政を揺るがした国内事件・事故の直後(9月)に、プラザ合意が改めて締結されるのです。この年、何と3回目の世界的蔵相会議にてです。
(1)の事件では、フランス政府が爆破事件への関与を認め、諜報工作機関(DGSE)の局長が解任され、国防大臣が辞任するなど、フランス国内の大スキャンダル事件となりました。また、(2)の事件では、コール首相の女性秘書とその夫が東側のスパイとされ、国家重要機密情報の流出懸念と、首相の脇の甘さが問題視された大スキャンダルとなりました。そして(3)の日航機事故こそ、表面上でも520名が死亡する大事故として世間の大きな関心を集め、一方その裏側では、本ブログでお伝えしているように、日米ソの軍部が直接介入する程の、未曾有の大事件(事変)であったのです。
もう一つ、両事件に共通しているのは、世界がそれに沈黙しているという、やはり理解し難い事実が含まれていることです。123便の場合は、繰り返しになりますが、自衛隊のみならず、米軍、ソ連軍の航空機、戦闘車両、ミサイル等の破片が墜落現場周辺から相当量見つかっており、物的証拠の数だけでなく、当時の世界的冷戦構造から言えば、世界史に大きく記載されてもおかしくない国際的軍事紛争であったことが分かります。
事変当時に超大国と呼ばれた米ソカ国が、日本国内で軍事衝突、あるいは軍事紛争に巻き込まれながら、どうして日本の隠蔽工作に合わせるように事実を沈黙しているのか?日本の国情は別として、当時、ソ連のSS20中距離ミサイル配備に関連して、激しく対立していたはずの米ソが何故ここで歩調を合わせたのか、この点に関しては今もって謎だらけだと言えます。もちろん、冷戦構造自体が初めから東西陣営了解の下のヤラセ劇であれば説明はある程度可能ですが、それでも、墜落現場で発見され、激しく破壊された軍用機の破片は、それが本物の戦闘、殺し合いであることを雄弁に物語っており、ヤラセの一言で片付けられない事実性を含んでいます。
先日、元さんに、言葉を慎め多重債務国、と叱られたドル詐欺陣営ですが、元さんに言い返せないので、日本に八つ当たりしたという感じの地震です。
箱根も私が若い時みたいにボコッと来たようで、ドル詐欺陣営警戒警報発令です。
アマが、箱を積み上げたパチプロが更に突っ込むように取り下げませんが、私のパチンコみたいに、今日の所はこれで勘弁したるわという感じで引き下がらないのが深刻さを物語っています。
世界は、ドル詐欺が崩壊しても、大損と丸損を覚悟すれば、実体経済は大丈夫という所まで漕ぎ着けましたが、ハザール過激派にしてみれば、自分も先祖も全否定されるようなものですから、我々の踏ん切りと仕切り直しと少し前向きな姿勢と裏腹に、なんとしても南シナ海詐欺を糸口に第三次世界大戦に持ち込みたく、悪足掻きしたい訳ですが、どうにも安倍の全速力が遅く感じられ、足が遅いなら人間ロケットで飛べやーとお笑い芸人みたいに拍車を入れられたという感じですが、待ちきれぬ相方が南シナ海のステージにどうもーとピンで漫才を始めてしまったのにぼけ役が日程を間違えて急いで会場に向かっているが、沖縄知事のハードタックルをみぞおちに食らい、小沢の時みたいにポンポンが痛くなってきて、もう、おじーたんみたいにエンタの神様で優勝して引退じゃなくてもいいよー、人間の鎖怖いよー、野田ブーみたいに大きな音だねとか無神経な感想は出ないよー、安保闘争だけじゃなく健保闘争の連中も盛り返してるじゃーん、もう福島誤魔化すの限界だよー、つーかボクチンより沖縄知事のがカリスマってんじゃーん、僕も東京ドームで五万人から、アイアムノータリンのプラカードで祝福されたいよー、名ばかり総理とか馬鹿にすんなよー、頭越しに元さんやオバカに会うのやめろよー、官邸が追い出し部屋みたいじゃねーかー、問屋不要論みたいな事言うなよー、閣議決定が馬鹿みたいじゃんかー、総理大臣を神のように崇めろよー、僕の次は慶應裏口の息子の関東学院だぞー、宅建より簡単なんだぞー、ともかく尊敬しろー。
てな感じで、ぼけもつっこみもちぐはぐで、やはりアホブッシュのあたりから馬鹿をトップに据える手法が、御輿が軽すぎて、パー過ぎて、担ぎ手が剥き出しになり、全ての芝居が脚本だとばれてしまった中で、台本を丸暗記していればまだ救いがありますが、リハみたいに台本を持ちながら、大平のアーウーみたいにヒトラーキャラを演じるものだから、お客さんの方が落ち着いて読めー、ふしゅーじゃなくて踏襲だぞー、だからみぞゆーじゃなくて未曾有だってーのー、朗読ぐらい練習して出てこいー、とひょっとこ末期のように馬鹿にしてる感じです。