100戦無敗になるにはどうしたらいいのか。簡単だ。徹底的に弱い相手と戦うことだ。たとえば、大人は3歳児と戦ったら必ず勝つ。
大人が常に3歳児と戦い続ければ、常に勝ち続けることができる。それは勝負ではなく、リンチになるはずだ。大人はその気になれば、殴り殺すことさえ可能だろう。
だから、スポーツはこういった「大人vs子供」のような、最初から勝負が分かりきっているような組み合わせを禁止する。惨劇を避けるためだ。
それを不服として、大人が「自由に勝負させろ」と叫んでいたら、どうかしていると思われるはずだ。
しかし、それはスポーツの世界だからどうかしていると思われるだけで、実社会ではそのあり得ない競争が行われる世界なのである。
100万円の資産しかない人間が、100億円の資産を持つ企業と無理やり競争させられるのが資本主義の掟である。巨大な者が「もっと自由を」という時は、「弱者を叩きつぶす自由をくれ」という意味なのである。
■落ちこぼれた人間には金すらも出したくない政府
「どんどん競争させろ。競争のルールは必要最小限にしろ。弱い者がどうなったところで知ったことではない」
これが資本主義を拡大解釈した「市場原理主義」の正体である。日本は2000年に入ってから、この弱肉強食の市場原理主義が小泉政権下で組み入れられた。
事実上の実行者は竹中平蔵だった。
これによって社会経験の浅い若年層が非正規労働者に追い込まれて、どんどん生活が不安定化しくことになる。
こういった格差が生まれるのは当然だと竹中平蔵は言っている。さらに、「日本はまだまだ格差が少ない社会だ」との認識も示している。
つまり、もっと激しい競争社会して、それによって弱者がもっと増えても別に構わないというスタンスである。
強者総取りがこの男の理想なのだ。
弱者など、どうでもいい。落ちこぼれた人間には金すらも出したくないので、この男が小泉政権下でしたのは、社会保障支出の大幅な削減だった。
その結果、高齢者も、障害者も、シングルマザーもみんな追い込まれて、生活保護受給者は大幅に増えることになった。
貧困が固定化するのは、次の5つの要因がある。
(1)生活に追われ、疲れて何も考えられなくなる。
(2)低賃金で自分も子供も教育が受けられなくなる。
(3)金を含め、あらゆるものが不足してしまう。
(4)這い上がれない環境から自暴自棄になっていく。
(5)社会的影響力がなく、権利は保障されない。
いったん貧困に堕ちると、この5つの要因が同時並行で始まっていき、その中で押しつぶされてしまう。
日本再生のための三本の矢と称して、
物価を上げ、
財界支援のために法人税を下げる一方で消費税を上げ、
その上に、輸出企業を支援するためにTPPの参加に血道を上げる。
外交で言えば、靖国参拝など、好き放題をし、思い上がった結果はアジアで完全に孤立そロシアからも軽蔑されている。
それでアメリカと良好かと言えば、その無思慮さのゆえ、相手にもされていない。
結局のところ、確実に進行しているのは、弱者の疲弊と、福祉予算の削減だけである。
最近打ち出している経済特区構想など、我が国の格差をますます広げるだけのもの。
安倍のノータリンがますます得意げにやってますよ。
中東の我が国のタンカーの護衛も集団安全保障によって自衛隊を出すらしいです。
国会なんてのは、アホが遊んでいるだけの場所
内閣総理大臣が危機を煽る異様な国ニッポン
似たような国がありました。
北の将軍様が統治する国です。
これで、どうして国民の為の政治が出来よう。
原発再稼働と武器輸出はダメだ。
これは、日本という組織でなく、日本人を駄目にする。
「 美しき日本 」などと言われれば、「めっそうもごさいません」などと
応えてしまうのが、通常の日本的感性・・・。
このクニの美しさも醜さも、両方知っているのがゆえの反応。
「 美しき日本 」はガイコクジンが述べる御コトバ。
外国人 = ガイコク(幽界)ジン = 幽界体主霊従存在。
いまや、大量発生している・・ゾンビ・ガイコクジン。
比率的には、8割方が、そうだろうな・・・?
ホントの日本人なら、
フクイチ処理と放射能のお掃除から
真剣に始め出す。
お祭りのオリンピックなどに、踊らされるワケながい・・。
踊るガイコクジンのポンポコリン♪ W
この様な安倍を高支持率で支えているのは国民であるのだ。
その理由は、他に選択肢がなかったと言う事に尽きる。
選択肢がないから、安倍を選ぶよりも、することもあるであろう。
選択する以前に、徹底的に安倍を自民党を糾弾する事である。
アジア、中近東の政変でも、選択肢があって起こされているとは限らないのである。
また、どの国でも、国民の想いを抱合できる選択肢などないのである。
国民の想いが、国民の動きが選択肢を現出させることも視野に入れなくてはならない。
ここに、安倍自民党内閣を打倒を決起することを期待する。
否、クソタレの安倍には、元々、そんな力はない。
安倍を取り巻く妖怪どもにとどめを刺さねばならない。
安倍内閣を打倒しよう。
アベゲリゾーは勿論、ジミンコーメー、ミンシュ、キョーサン、その他雑魚政党もろもろを潰せ。勿論、寄生虫役人など全てを失業させてやれ。日本は民主主義どころか未開社会であり、その政治は八百長政治劇でしかない。皆で猿芝居し、我々の血汗涙にを吸い上げているだけの獣たちだ。
なんか、あんまり急ぎ過ぎると、日本からヒットラーが生まれそうだね。
こういう時こそ、落ち着いてしっかり考えたほうがいいと思うよ。
例え相手があの顔の気持ち悪い石破でも、容易に暗殺という手段を考えては
いけない。わかるよ、あの顔で、戦争行って来いとか、行かないと死刑、とか
言われた日には、ってなるのは。
安倍は日本のためにはやってはいけないことをセッセとやっている
小泉も日本を悪くしたが、安倍と比べればかわいいものだ
この政権が続く限り、日本はどんどん荒廃していく
国民はマゾヒストなのか、いじめられて喜んでいる
政治家は金と女に明け暮れ、官僚やマスコミは国民のことはいっさい考えず
絶えず上のほうを見ている
すべてが拝金主義で腐敗し、悪臭を放っている
この行き着く先は地獄だろう
格差の弊害を社会保障で補うと言う事は今まで行われてきた手法です。
それを社会主義とも言われ、日本は一番進んだ社会主義国とも言われてきました。
ですが、グローバル化の影響で保障しなければならない弱者の数が増えすぎました。
これに対処するに累進課税を徹底し富める者からの富の再配分では、もはや金額的にできない、富者が応じないようになってきています。
現在、行われている福祉予算の削減がこれに当たります。
脅迫するわけではないですが、高度に資本主義が発達すると、富める者はより富み、
貧困層の割合が増えていきます。不満が高まった結果、革命が起きるとマルクスは
言っています。ここで重要なことですが、革命を起こすべき、という考え方は私は
間違っていると思っています。しかし、なにかしらのリスクが高まることと、
貧困層が団結することにより、政治が変わってしまう可能性があることも、富める
者は意識しておく必要があります。
安倍政権解散後の新政権は政治家の誰に任せたいのか。
自民党は解散総選挙しなければ「自民党内」から選ばれますね。
どうしますか?
国民には政治家をリコールする権限はありません。
なので投票が最終選択権なんですよ。
いくら持論を述べても政治家がその持論を実現しなければ絵に描いた餅でしょ。
政治家も可決出来なければ廃案になる。
でも政治家を選ぶのは自由。
富める者にとって、このような状況を防ぐには、逆説的に聞こえるかもしれません
が、資本主義の発展を遅らせる必要があります。言い換えると、修正資本主義や
高福祉資本主義には、資本主義の発展を遅らせる仕組みが必要ということです。
富める者についての考察はまだまだいろいろ出てきそうですね。
自分は、この議論に関して、資本家と、実際に能力のある人、例えばスポーツ
選手や、音楽の世界でスターと呼ばれるひと、学者など、を分けて考えるべき
と考えています。
もちろん資本家でも能力のある人がいますが、資本家の優劣は、資本そのもの
の量と情報収集力だと思います。情報収集力は資本から得られる利益の余剰分
で補えると考えられますので、結局資本の量そのものが資本家の優劣を決める。
先に持ったものがずっと勝つ。
社会主義の国を考える場合に難しくかつ誤解が生まれやすい部分だと思いますが、
共産党でも社会主義国になった場合に、所得や収入まで平等とは言わないと
思っています。現実的でない。
労働者でもスキルの違いがある、経営者に代わる監督者も監督する範囲で
責任が異なってきますが、同じ給料でいいのか。おそらく機会均等を保障する
だけで、あるていど差がつくのは認めると考えられます。
で、話が戻って、例えばスポーツ選手の場合、よりよいパフォーマンスを
出すためによりよい収入が必要。これは、動機の問題というよりも、例えば
スタッフであったり、トレーニング設備であったりの費用に使われるので、
なんとなく妥当な気がします。よりよいパフォーマンスを期待する観客が
お金を払って、その対価としてスポーツ選手がそれを見せる。
ひるがえって、資本家は何をやっているでしょうか?出来うる限りの情報を
収集して、インサイダーぎりぎりのことをやっているのかもしれません。
スポーツ選手以上に何かほめられるようなことをやっているとは思えません。
ただし、自分は投機や投資そのものを悪とは考えていません。充分弊害をとり
のぞきながら行う発展途上国への投資は、いいことだと考えています。
では何が問題なのか、いったん切りますが、投資の功罪を考えていきます。
たとえば、公務員の世界を見てみましょう。
彼等、彼女らは、真面目にさえやっていると職を失うことはまずありません。
その代わり、上下、仲間の人間関係は硬直し、特に上に逆らうことは将来を決定します。
仕事の上の成果と収入はつながらず、職務における向上心がなくなります。
かつての共産主義国のほとんどが、経済面において効率が悪く、資本主義国にみるみり遅れを取ったでしょう。
その上に、競争が必要ないため、また競争をさせないために国民を監視する体制が強固でなければならず、結局は独裁と言う形になります。
そういう国家の国民が求めたのは民主主義、いわゆる行動の自由であったのではありませんか。
形式的なものはともかく、人間の精神には邪悪なもの、強欲なものがあります。そうして一部の人間は、それを抑えることが出来ず、ルールを飛び出します。
一般の人自身に例えても、一応の安定を得た後には、必ず、より上位のものを求めるのが常です。
「足るを知る」と言う事ができるのは、誰に対してもいえることです。
>人類はより人類にとって、有益な、「文化」競争に進むと推測・・・
であるので、この言葉で人間界を包むことは出来ないと思います。
>社会主義の国を考える場合に難しくかつ誤解が生まれやすい部分だと思いますが、
共産党でも社会主義国になった場合に、所得や収入まで平等とは言わないと
思っています。現実的でない。
>労働者でもスキルの違いがある、経営者に代わる監督者も監督する範囲で
責任が異なってきますが、同じ給料でいいのか。おそらく機会均等を保障する
だけで、あるていど差がつくのは認めると考えられます。
社会主義に対して、このように分析されていますが、これも理想的な状態のものであり、そういう体制を敷くためには強権(独裁)必要となってきます。
なんとなれば、そういう公平性には従わない人間の性もあるからです。
資本主義の形が一番、人間の性に適していることは間違いないのです。
まずは、この分野、哲学的な領域での人間の分析を慎重にやらねばなりません。
共産主義が旨く行かなかったのは、この人間性の取り扱いが短絡であったためと思います。
>脅迫するわけではないですが、高度に資本主義が発達すると、富める者はより富み、
貧困層の割合が増えていきます。不満が高まった結果、革命が起きるとマルクスは
言っています。
上記の文章も含めてマルクスの資本主義に対する洞察は優れていて、おそらく、その様になって行くでしょう。
失業者、ワーキングプアーが人口の半分にも達すると。
この場合、穏健な日本人のみを考えていてはなりません。
>ここで重要なことですが、革命を起こすべき、という考え方は私は
間違っていると思っています。しかし、なにかしらのリスクが高まることと、
貧困層が団結することにより、政治が変わってしまう可能性があることも、富める
者は意識しておく必要があります。
現代の政治、経済は、究極はユダ金などの見えない巨大資本の思うがままに進展しています。
インドネシアでのスカルノ、フィリピンのマルコス相手に革命を起こせるのは、独裁者と言う明確な対象があったからで、巨大資本の圧政には民衆も、それを自覚できず、また民衆自身も知らず知らずにその恩恵に浴しているものもあり平穏の内に体制を変えることは出来ません。
新しい経済の仕組み、国のかたちを論じるに、確かに貴方の様な次元まで掘り下げねばなりませんが、そこのところをもっと、もっと見極める必要があるのではありませんか。
そこからいきなり資本の動きは飛躍していると思います。
パソナと民主党議員との“癒着”を糾弾する文書もバラまかれている。
<パソナでは、南部会長(代表)が応援している前原誠司民主党元代表から頼まれて、会社の特別顧問として、民主党落選組10人ほど養っている><月50万円ももらっている><社内でこの落選組の評判が悪い。仕事ができないばかりか、会社に出ても来ない>などと書かれているのだ。
パソナの南部をブレーンとする(パソナの会長は竹中平蔵)安倍も安倍だが、
民主党、前原一派も同じような売国奴。
安倍内閣打倒と共に、民主党も叩きつぶそう。
大人が常に3歳児と戦い続ければ、常に勝ち続けることができる。それは勝負ではなく、リンチになるはずだ。大人はその気になれば、殴り殺すことさえ可能だろう。
だから、スポーツはこういった「大人vs子供」のような、最初から勝負が分かりきっているような組み合わせを禁止する。惨劇を避けるためだ。
それを不服として、大人が「自由に勝負させろ」と叫んでいたら、どうかしていると思われるはずだ。
しかし、それはスポーツの世界だからどうかしていると思われるだけで、実社会ではそのあり得ない競争が行われる世界なのである。
100万円の資産しかない人間が、100億円の資産を持つ企業と無理やり競争させられるのが資本主義の掟である。巨大な者が「もっと自由を」という時は、「弱者を叩きつぶす自由をくれ」という意味なのである。
■落ちこぼれた人間には金すらも出したくない政府
「どんどん競争させろ。競争のルールは必要最小限にしろ。弱い者がどうなったところで知ったことではない」
これが資本主義を拡大解釈した「市場原理主義」の正体である。日本は2000年に入ってから、この弱肉強食の市場原理主義が小泉政権下で組み入れられた。
事実上の実行者は竹中平蔵だった。
これによって社会経験の浅い若年層が非正規労働者に追い込まれて、どんどん生活が不安定化しくことになる。
こういった格差が生まれるのは当然だと竹中平蔵は言っている。さらに、「日本はまだまだ格差が少ない社会だ」との認識も示している。
つまり、もっと激しい競争社会して、それによって弱者がもっと増えても別に構わないというスタンスである。
強者総取りがこの男の理想なのだ。
弱者など、どうでもいい。落ちこぼれた人間には金すらも出したくないので、この男が小泉政権下でしたのは、社会保障支出の大幅な削減だった。
その結果、高齢者も、障害者も、シングルマザーもみんな追い込まれて、生活保護受給者は大幅に増えることになった。
貧困が固定化するのは、次の5つの要因がある。
(1)生活に追われ、疲れて何も考えられなくなる。
(2)低賃金で自分も子供も教育が受けられなくなる。
(3)金を含め、あらゆるものが不足してしまう。
(4)這い上がれない環境から自暴自棄になっていく。
(5)社会的影響力がなく、権利は保障されない。
いったん貧困に堕ちると、この5つの要因が同時並行で始まっていき、その中で押しつぶされてしまう。
日本再生のための三本の矢と称して、
物価を上げ、
財界支援のために法人税を下げる一方で消費税を上げ、
その上に、輸出企業を支援するためにTPPの参加に血道を上げる。
外交で言えば、靖国参拝など、好き放題をし、思い上がった結果はアジアで完全に孤立そロシアからも軽蔑されている。
それでアメリカと良好かと言えば、その無思慮さのゆえ、相手にもされていない。
結局のところ、確実に進行しているのは、弱者の疲弊と、福祉予算の削減だけである。
最近打ち出している経済特区構想など、我が国の格差をますます広げるだけのもの。
安倍のノータリンがますます得意げにやってますよ。
中東の我が国のタンカーの護衛も集団安全保障によって自衛隊を出すらしいです。
国会なんてのは、アホが遊んでいるだけの場所
内閣総理大臣が危機を煽る異様な国ニッポン
似たような国がありました。
北の将軍様が統治する国です。
これで、どうして国民の為の政治が出来よう。
原発再稼働と武器輸出はダメだ。
これは、日本という組織でなく、日本人を駄目にする。
「 美しき日本 」などと言われれば、「めっそうもごさいません」などと
応えてしまうのが、通常の日本的感性・・・。
このクニの美しさも醜さも、両方知っているのがゆえの反応。
「 美しき日本 」はガイコクジンが述べる御コトバ。
外国人 = ガイコク(幽界)ジン = 幽界体主霊従存在。
いまや、大量発生している・・ゾンビ・ガイコクジン。
比率的には、8割方が、そうだろうな・・・?
ホントの日本人なら、
フクイチ処理と放射能のお掃除から
真剣に始め出す。
お祭りのオリンピックなどに、踊らされるワケながい・・。
踊るガイコクジンのポンポコリン♪ W
この様な安倍を高支持率で支えているのは国民であるのだ。
その理由は、他に選択肢がなかったと言う事に尽きる。
選択肢がないから、安倍を選ぶよりも、することもあるであろう。
選択する以前に、徹底的に安倍を自民党を糾弾する事である。
アジア、中近東の政変でも、選択肢があって起こされているとは限らないのである。
また、どの国でも、国民の想いを抱合できる選択肢などないのである。
国民の想いが、国民の動きが選択肢を現出させることも視野に入れなくてはならない。
ここに、安倍自民党内閣を打倒を決起することを期待する。
否、クソタレの安倍には、元々、そんな力はない。
安倍を取り巻く妖怪どもにとどめを刺さねばならない。
安倍内閣を打倒しよう。
アベゲリゾーは勿論、ジミンコーメー、ミンシュ、キョーサン、その他雑魚政党もろもろを潰せ。勿論、寄生虫役人など全てを失業させてやれ。日本は民主主義どころか未開社会であり、その政治は八百長政治劇でしかない。皆で猿芝居し、我々の血汗涙にを吸い上げているだけの獣たちだ。
なんか、あんまり急ぎ過ぎると、日本からヒットラーが生まれそうだね。
こういう時こそ、落ち着いてしっかり考えたほうがいいと思うよ。
例え相手があの顔の気持ち悪い石破でも、容易に暗殺という手段を考えては
いけない。わかるよ、あの顔で、戦争行って来いとか、行かないと死刑、とか
言われた日には、ってなるのは。
安倍は日本のためにはやってはいけないことをセッセとやっている
小泉も日本を悪くしたが、安倍と比べればかわいいものだ
この政権が続く限り、日本はどんどん荒廃していく
国民はマゾヒストなのか、いじめられて喜んでいる
政治家は金と女に明け暮れ、官僚やマスコミは国民のことはいっさい考えず
絶えず上のほうを見ている
すべてが拝金主義で腐敗し、悪臭を放っている
この行き着く先は地獄だろう
格差の弊害を社会保障で補うと言う事は今まで行われてきた手法です。
それを社会主義とも言われ、日本は一番進んだ社会主義国とも言われてきました。
ですが、グローバル化の影響で保障しなければならない弱者の数が増えすぎました。
これに対処するに累進課税を徹底し富める者からの富の再配分では、もはや金額的にできない、富者が応じないようになってきています。
現在、行われている福祉予算の削減がこれに当たります。
脅迫するわけではないですが、高度に資本主義が発達すると、富める者はより富み、
貧困層の割合が増えていきます。不満が高まった結果、革命が起きるとマルクスは
言っています。ここで重要なことですが、革命を起こすべき、という考え方は私は
間違っていると思っています。しかし、なにかしらのリスクが高まることと、
貧困層が団結することにより、政治が変わってしまう可能性があることも、富める
者は意識しておく必要があります。
安倍政権解散後の新政権は政治家の誰に任せたいのか。
自民党は解散総選挙しなければ「自民党内」から選ばれますね。
どうしますか?
国民には政治家をリコールする権限はありません。
なので投票が最終選択権なんですよ。
いくら持論を述べても政治家がその持論を実現しなければ絵に描いた餅でしょ。
政治家も可決出来なければ廃案になる。
でも政治家を選ぶのは自由。
富める者にとって、このような状況を防ぐには、逆説的に聞こえるかもしれません
が、資本主義の発展を遅らせる必要があります。言い換えると、修正資本主義や
高福祉資本主義には、資本主義の発展を遅らせる仕組みが必要ということです。
富める者についての考察はまだまだいろいろ出てきそうですね。
自分は、この議論に関して、資本家と、実際に能力のある人、例えばスポーツ
選手や、音楽の世界でスターと呼ばれるひと、学者など、を分けて考えるべき
と考えています。
もちろん資本家でも能力のある人がいますが、資本家の優劣は、資本そのもの
の量と情報収集力だと思います。情報収集力は資本から得られる利益の余剰分
で補えると考えられますので、結局資本の量そのものが資本家の優劣を決める。
先に持ったものがずっと勝つ。
社会主義の国を考える場合に難しくかつ誤解が生まれやすい部分だと思いますが、
共産党でも社会主義国になった場合に、所得や収入まで平等とは言わないと
思っています。現実的でない。
労働者でもスキルの違いがある、経営者に代わる監督者も監督する範囲で
責任が異なってきますが、同じ給料でいいのか。おそらく機会均等を保障する
だけで、あるていど差がつくのは認めると考えられます。
で、話が戻って、例えばスポーツ選手の場合、よりよいパフォーマンスを
出すためによりよい収入が必要。これは、動機の問題というよりも、例えば
スタッフであったり、トレーニング設備であったりの費用に使われるので、
なんとなく妥当な気がします。よりよいパフォーマンスを期待する観客が
お金を払って、その対価としてスポーツ選手がそれを見せる。
ひるがえって、資本家は何をやっているでしょうか?出来うる限りの情報を
収集して、インサイダーぎりぎりのことをやっているのかもしれません。
スポーツ選手以上に何かほめられるようなことをやっているとは思えません。
ただし、自分は投機や投資そのものを悪とは考えていません。充分弊害をとり
のぞきながら行う発展途上国への投資は、いいことだと考えています。
では何が問題なのか、いったん切りますが、投資の功罪を考えていきます。
たとえば、公務員の世界を見てみましょう。
彼等、彼女らは、真面目にさえやっていると職を失うことはまずありません。
その代わり、上下、仲間の人間関係は硬直し、特に上に逆らうことは将来を決定します。
仕事の上の成果と収入はつながらず、職務における向上心がなくなります。
かつての共産主義国のほとんどが、経済面において効率が悪く、資本主義国にみるみり遅れを取ったでしょう。
その上に、競争が必要ないため、また競争をさせないために国民を監視する体制が強固でなければならず、結局は独裁と言う形になります。
そういう国家の国民が求めたのは民主主義、いわゆる行動の自由であったのではありませんか。
形式的なものはともかく、人間の精神には邪悪なもの、強欲なものがあります。そうして一部の人間は、それを抑えることが出来ず、ルールを飛び出します。
一般の人自身に例えても、一応の安定を得た後には、必ず、より上位のものを求めるのが常です。
「足るを知る」と言う事ができるのは、誰に対してもいえることです。
>人類はより人類にとって、有益な、「文化」競争に進むと推測・・・
であるので、この言葉で人間界を包むことは出来ないと思います。
>社会主義の国を考える場合に難しくかつ誤解が生まれやすい部分だと思いますが、
共産党でも社会主義国になった場合に、所得や収入まで平等とは言わないと
思っています。現実的でない。
>労働者でもスキルの違いがある、経営者に代わる監督者も監督する範囲で
責任が異なってきますが、同じ給料でいいのか。おそらく機会均等を保障する
だけで、あるていど差がつくのは認めると考えられます。
社会主義に対して、このように分析されていますが、これも理想的な状態のものであり、そういう体制を敷くためには強権(独裁)必要となってきます。
なんとなれば、そういう公平性には従わない人間の性もあるからです。
資本主義の形が一番、人間の性に適していることは間違いないのです。
まずは、この分野、哲学的な領域での人間の分析を慎重にやらねばなりません。
共産主義が旨く行かなかったのは、この人間性の取り扱いが短絡であったためと思います。
>脅迫するわけではないですが、高度に資本主義が発達すると、富める者はより富み、
貧困層の割合が増えていきます。不満が高まった結果、革命が起きるとマルクスは
言っています。
上記の文章も含めてマルクスの資本主義に対する洞察は優れていて、おそらく、その様になって行くでしょう。
失業者、ワーキングプアーが人口の半分にも達すると。
この場合、穏健な日本人のみを考えていてはなりません。
>ここで重要なことですが、革命を起こすべき、という考え方は私は
間違っていると思っています。しかし、なにかしらのリスクが高まることと、
貧困層が団結することにより、政治が変わってしまう可能性があることも、富める
者は意識しておく必要があります。
現代の政治、経済は、究極はユダ金などの見えない巨大資本の思うがままに進展しています。
インドネシアでのスカルノ、フィリピンのマルコス相手に革命を起こせるのは、独裁者と言う明確な対象があったからで、巨大資本の圧政には民衆も、それを自覚できず、また民衆自身も知らず知らずにその恩恵に浴しているものもあり平穏の内に体制を変えることは出来ません。
新しい経済の仕組み、国のかたちを論じるに、確かに貴方の様な次元まで掘り下げねばなりませんが、そこのところをもっと、もっと見極める必要があるのではありませんか。
そこからいきなり資本の動きは飛躍していると思います。
パソナと民主党議員との“癒着”を糾弾する文書もバラまかれている。
<パソナでは、南部会長(代表)が応援している前原誠司民主党元代表から頼まれて、会社の特別顧問として、民主党落選組10人ほど養っている><月50万円ももらっている><社内でこの落選組の評判が悪い。仕事ができないばかりか、会社に出ても来ない>などと書かれているのだ。
パソナの南部をブレーンとする(パソナの会長は竹中平蔵)安倍も安倍だが、
民主党、前原一派も同じような売国奴。
安倍内閣打倒と共に、民主党も叩きつぶそう。