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真実の昭和史 2

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61 コメント

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Unknown (さくら)
2010-08-17 00:51:53
べべこさん
いつも泣きながら読んでいます。
いい歳のオバサンになっても寝ぼけ眼でいた私の目を覚まさせてくれてありがとうございます。
今から私にできること、何ができるかわかりませんが、
周りの友人たちの誤解を少しづつ解いていきたいと思います。
日曜日は追悼施設建設反対に署名してきました。

べべこさん、お体大切にしてください。
さくらさんもお体お大事に (べべこ)
2010-08-17 01:58:10
さくらさん

伝えようとすると、思わぬ反応にあって、
めげたり、楽しくない思いをしたり、という
ことも耳にします。

自然になさることをお薦めします。乏しい経験
からだけですが、多少勉強をしていますと、相手の言葉の流れから自然にスッと入っていけることが多いです。

お子さんの教育の話題とか、治安の話なんかだと、ごく自然に話せますね、きっと。

と言いつつ、かなり強引にそっちのほうへ
話を持っていくこともありますが。 いちおう相手は見ますが。

物凄く自虐史観の人ではないかなぁ、とか
ひょっとして在日の人じゃないかなとか
◯学会の人じゃないよねぇ、と密かに
探りを入れてたりします。
いざとなった時の論争を避ける気はありませんが、暮らしの中ではほどほどに。

一人でも、さくらさんのような方が増えて
くださるのは本当に嬉しく心丈夫なことです。

一人が一人に伝えられたら、そこで二人。
二人が更に一人に伝えたら、四人。

ぼちぼち増やしてまいりましょう・・・。 たぶん貯金と同じ。一定額が
溜まったら後は速い?
Unknown (蠅皇子)
2010-08-17 16:47:34
真実を、しつこく繰り返し言い続けるしかないのでしょうね。
だんだん理解者が増えていると思います。

いつか大東亜戦争の価値が世界にも認められるとき、戦犯とされた皆さんを含めた英霊たちも、安んじることができるかと思います。
その日その時まで、どうか諦めずに語ってください。
私もまた微力ながら語ることを続けて参ります。
言い続ける (べべこ)
2010-08-17 21:18:36
蠅皇子さん

そうですね、執拗なまでに語り続けるしか
ありませんね。中華朝鮮はわたしたちの
10倍しつこいです。

一人がただお隣りの一人に話すだけでも広がりますし、もし一人が三人を納得させられるなら
かなり広がりますね。

文句があるなら国交断絶、断絶するからには
自国民は全て引き取れ、というぐらい気骨のある首相が現れますように。

布教活動 (katana)
2010-08-17 22:46:33
べべこさん

怒濤のような東京裁判特集、おつかれさまでした。

山下大将のことに関しては私もほとんど知りませんでしたが、記事を読ませていただき、胸に迫るものがありました。

今日は仕事仲間の納涼会があり、同じ卓を囲んだ4人の人に「布教活動」をしてきましたが、みなさん、一様に腑に落ちた様子でした。

やはり、みんなおかしいと思っていたのです。

ほんの少しだけ、背中を押すだけで正常な日本人のパラダイムはガラリと変わります。

それで変わらないほど洗脳が進んだ人(冬ソナに夢中のおばさんとか)は後回しにして、今はとにかく一人でも多くの人に目覚めてもらうことが肝心ですね。

東京に戻って以来、介護疲れかバッテリーが切れたような状態が続きましたが、今日という日に復活が間に合って良かったと、目に見えぬ存在に感謝をしています。

もうちょっと復活したら、ニュルンベルグ裁判と東京裁判の対比、俗に言う「マルコ=ポーロ事件」で浮き彫りになったナチス性悪説のうさんくささについてお話ししたいと思います。
そういえば (katana)
2010-08-17 23:12:27
連続投稿失礼します。

そういえば、なんですが、マッカーサーという人物は山下大将とは好対象な軍人であったと思われます。

マニラの法廷でBC級戦犯の罪状として告発された内容、とくにフィリピン人に対して行われた拷問の手法は、マッカーサー在任時の米軍による非人道的な手法がそのまま申し立てられています。
南京大虐殺と同じ手口で、シナや米豚が自分たちのやり口を日本軍の罪として押しつけたでっち上げです。

一方、緒戦でフィリピンに上陸した日本軍の攻勢に恐れをなし、部下を置き去りにした上で「アイシャルリターン」などという寝言をほざいて敵前逃亡した腰抜けでもあるわけですが、その意趣返しとして天皇陛下、皇太子殿下の誕生日に戦犯の処刑日をぶつけるなどという性悪。

どうしたわけか、戦後日本ではマッカーサーの戦後政策を賛美する意見が根強いですが、実は人の上に立つ将官としてはかくのごとく下の下の器であったと断じて良い小物でした。

左巻きマスゴミや戦後史研究家のGHQ賛美など、犬に食わせるべき代物です。

近年、再注目され捏造放送協会のドラマにもなった白洲次郎は、マッカーサーの無礼なふるまいにぴしゃりと「戦には負けたが、おまえらの奴隷になったわけではない!」と言ったとされます。

SF講和条約の調印後に吉田茂が読み上げる予定だった「占領軍に感謝」という趣旨の英文演説を直前に取り消させ、ありあわせの紙を巻物のごとくつなぎあわせて縦書きの日本文演説、堂々たる国際社会への復帰宣言に書き換えさせたという気骨ある男であったとされます。

彼のような男の再来を期待したいところではありますが、ただ待つよりもまず、自分が先に動くこと。
わずかでも状況を良い方向に変えていきましょう。
伝えて伝えて伝え抜きましょう (べべこ)
2010-08-18 00:13:45
katanaさん

ご体調いまひとつのご様子、なにとぞ御身お大切に遊ばされますよう。きっと使命あるお方、おいといくださいますように。

山下奉文大将に関しては、もっと知っていただきたいですね。東條英機大将と共に、むしろ誇らしきお人柄。この方たちに率いられた日本軍が、でっちあげで言われているごとき残虐卑怯を行うわけもありません。

戦ですから細部において何もなかったとは強弁しませんが、戦争の最中のお互いさまレベルでしょうし・・・思い切って言い放ってしまえば、日本の軍服を着た朝鮮兵が相当数いたかと思われます。それでも、当時は彼らも日本兵・・・。日韓併合は日本の罪ではありませんでしたが、選択としてはミスだったのかも。むろん、当時の情勢から必然の要素が濃く、まあ、関わってはいけない民族にやむを得ず関わってしまいましたね。

>ほんの少しだけ、背中を押すだけで正常な日本人のパラダイムはガラリと変わります。

実にもう仰せのとおりです。そのとおり。
病んでいない日本人は速いこと、体験済みです。最短記録は1分でした。ちょっと実情を一言お話しただけで「あら、それじゃ日本が壊されちゃうじゃないですか」 次の記録が3分。「まずい。いざとなったら、逃げる国を考えておこう」・・・お話して3分後に日本脱出まで頭がまわるのは早すぎの感もありますが。

>もうちょっと復活したら、ニュルンベルグ裁判と東京裁判の対比、

ぜひ、お願いします。こういう小さな箱の中で述べていただくのは恐縮ですが、コメント欄が意外に読まれている感触があります。

>その意趣返しとして天皇陛下、皇太子殿下の誕生日に戦犯の処刑日をぶつける

これ相当、陰湿で・・・女より湿った性根の悪さ。

>左巻きマスゴミや戦後史研究家のGHQ賛美

どこをどう賛美できるのか深い謎ですが、脳が溶けている人は多いです。

マッカーサーなんて、性根は根性悪のドラッグクィーンです。
Unknown (べべこ)
2010-08-18 01:55:08
katanaさん

ドラッグクイーン、マッカーサーの
件で、一箇所恐縮ですが訂正を・・・

>天皇陛下、皇太子殿下の誕生日に戦犯の処刑日をぶつけるなどという

処刑日をぶつけたのは皇太子殿下のお誕生日、
天皇陛下のお誕生日にぶつけられたのは、
「被告人の姓名発表」だったと思います。

マッカーサーの意識の中では(天皇とその息子を吊るしてやった)であったと思われます。言葉が激越で申し訳ないのですが。

統治の上では天皇陛下は忌々しくも必須の存在だから、実行しないが俺の腹の中はこうだ、という表明であったと思われます。
ありがとうございます(汗) (katana)
2010-08-18 08:20:30
べべこさん

ご指摘ありがとうございます。
天皇陛下のお誕生日、おっしゃるとおりでした。

これは最近、「布教」していませんでしたが、人前で話す前にきちんと知識をブラッシュアップしないといけませんね。(汗)

マッカーサー、のちの大統領選でぼろ負けしています。

よほど人望がなかったらしい。

フリーメーソンのくせに。(ぼそっ)

米国民も腐った軍人を大統領に戴くことはご免だったとみえます。
感動しました (taizou)
2010-08-18 10:26:17
すばらしい記事ですね。
感動しました。

今朝、小さな頃からずっとバスケをやってる息子と、今の日本は勝つためには手段を選ばないような相手と買収された審判の立会いの中で試合をしてるような圧倒的に不利な状況だけど、バスケの試合と同じであきらめずにチームが信頼しあって明るい気持ちでディフェンスを続けていれば必ず流れはこちらに来るというような話をしてました。

処刑される寸前でも相手を恨んだりせず、心の平安を保って辞世の句を残された英霊の方々の気高さに少しでも近づいて国を守っていれば、必ず流れはこちら側に来ると確信してます。
真理と正義は勝つ (べべこ)
2010-08-18 11:47:21
katanaさん

マッカーサーのボロ負け知りませんでした。
後で調べてみて、ざまーみろと言ってあげようと思います。

taizouさん

>勝つためには手段を選ばないような相手と買収された審判の立会いの中で試合

言い得て妙。

>じあきらめずにチームが信頼しあって明るい気持ちでディフェンスを続けていれば必ず流れはこちらに来る

そのとおり。

>英霊の方々の気高さに少しでも近づいて国を守っていれば、必ず流れはこちら側に来る

はい。汚い真似をして来る連中は、いっとき
勢いがあっても、いずれ分裂・自滅が定めかと
思われます・・・・。

素晴らしい父子さんですね~、こんなことが
こんな的確な内容で親子で語り合えるなんて。

おめでとうございます。当たり
って感じですね。山下奉文大将のおっしゃるごとく、教育は学校ではなく、まず家庭から
だというのは真理でしょう。

マッカーサー (べべこ)
2010-08-18 14:18:41
katanaさん

マッカーサーの言動に何やら湿った「男離れ」
した気配を感じるので、根性ワルのドラッグクィーンと言ったのですが、

アラなんとマッカーサーは母の手により、幼少期を女の子の格好で育てられたのですね。
べべこの直感、おそるべし、と自画自賛~

ドラッグクィーンを貶めるわけではないのですが、中には特有の底意地ワル~いのが。
しかし、日本人の精神年齢が12歳とはよく言った。文化未熟の国の辞世の句一つ詠めない分際で。
あいにくこちとら世界で初の長編小説を持つ国。マッカーサー、探索してみたら、アメリカ人の勘違い傲慢メンタリティが見えてきそう。
ボタンの掛け違い (haha)
2011-08-15 08:28:58
残暑 お見舞い申し上げます

連日の更新、お疲れ様です…。


首相の靖国参拝中止
土井たか子議員の質問がきっかけだった
http://kakutatakaheri.blog73.fc2.com/blog-entry-2718.html

以下は文中から抜粋です。前後は本文で。
何か腑に落ちない感…。


政府委員として答弁に立った
外務省の小和田恆条約局長は
「日本国政府としては極東軍事裁判を受諾している」
とした。

「日本が中国に侵略戦争を行なった」
という判決を下した東京裁判を持ち出したことにより、外務省が日本の侵略戦争を認めているという印象を与えた。

Unknown (jena)
2011-08-15 10:03:46
べべこさん、おはようございます!!
今日の記事も祖母に読んで聞かせてあげようと思います!!

朝から、涙が出ました。
と、同時に今、日本に生きる私たちが、しっかりしなくては…との思いを静かに抱かせられもしました。
べべこさん、いつも思っていることでさすが、更新ありがとうございます!!
心は不可分 (デルタフォース)
2011-08-15 12:49:11
べべこさん、


一年前の貴重なエントリ、すっかり見落としておりました。
改めて再掲いただきありがとうございます

靖國の成り立ちと存在意義に関しては多少なりとも学んだつもりでおりましたが、エントリ拝見して己の不勉強を恥じ入っております。
特に合祀/分祀の問題はそもそも問題にする事自体がナンセンスで、「心は分けようがない」その一点に尽きるのかと。

私自身が問題意識を持つようになって以来、と言っても本当にここ数年の間ですが、自虐史観の徒は次第に減って来たような気がします。
そして知ったからには、鵜呑みにしないこと。そして、惑わされないこと。

せめて私自身は、気をつけたいと思います。
英霊に感謝 (大和桜)
2011-08-15 14:45:55
今頃、
べべこ姉さんの英霊への想いは、
きっと靖國へ、天へ、届いていることでしょう。
この想いを抱く日本人がいる限り、「戦った甲斐があった」と、
英霊は想うはずです、そう信じたい。

あの敗戦。
あの日から六十六年も経ったと謂うのに未だに変わらない。
今年も、
左翼民主党、総理も、大臣も、靖國神社参拝をしなかった。
英霊への感謝と供養の心を欠く者者が舵取る日本はいったい何処へ向かうのか、と悲しくもあり虚しくもある。
六十六年前、
日本を護るために、命懸けで戦地を戦い抜いた叔父へ申し訳ない心持ちとなる。
そういうなか八月十五日を、二百四十六万六千五百余柱の英霊と向き合い、襟を正し、唯唯感謝の心を込め迎える。その英霊の遺書を前に、またもや涙で周りが霞んでゆく。


 
大東亞戦争について。
1951年5月3日、米国上院軍事外交共同委員会においてGHQ最高司令官であったマッカーサーが「日本は自衛の為に戦争した!」と証言している。
この証言は、日本の汚名冤罪をはらすのに十分なる価値があるに関わらず、日本マスコミは大きく取り上げることは無かった、今現在も無い。
 また、ルーズベルトの娘婿のカーチス・B・ドール大佐は1968年に、「ホワイトハウスで1941年11月25日に開かれた会議の記録を読み返し、ルーズベルト大統領および側近たちの戦略は平和を維持し保証することではなく、事件を組立て、あるいは引き起こさせてアメリカを日本との戦争に巻き込むという陰謀に関わっていた」と証言している。
まず、何よりもまず、
「日本が侵略戦争を仕掛けた」という偽った歴史解釈を、日本自らが改めるべきだ。


亜細亜とは近隣3カ国だけではない、親日な亜細亜国の方が多いのです。
 ビルマでは、日本軍の先頭にたってビルマ人義勇軍や民衆が道を切り開き、日本軍を支援し共に戦ってくれました。そうしてビルマは英国の植民地支配から脱することができたのです。独立解放の中心となったのは、それらの人々の貢献によるものです。

 インドネシアでは、日本はスカルノとハッタを救出し、オランダ軍を追放しました。インドネシアの民衆は日本軍を歓呼の声をもって迎え、進軍に協力してくれました。
そういう一方で日本軍はインドネシア人に軍隊を組織させ、インドネシアの言葉を普及させ、各種の学校をつくり人材を育てました。その軍隊が戦後に再び、インドネシアを植民地にしようとしたオランダや英軍を打ち負かしました。

 マレーシアでは、マレー人は日本軍の進撃を応援し道案内をしてくれました。更にマレーの王様は今こそ日本軍と共に戦おうと声を挙げ、それに応え、日本軍はマレー人の指導者や官僚を育てました。それらの人々が独立後の人材となりました。

 インドでは独立を目指して、チャンドラボースが日本軍とともに進撃します。ボースは日本軍と共に戦うインド国民軍の兵士に演説します。
「…われわれの中の幾人が、生きて自由なるインドを見るかは問題ではない。インドが自由になること、インドの自由のために、我々が全てを捧げること、それだけで十分なのである」と。
作戦は困難を極め失敗し、多くの日本兵とインド国民軍が犠牲となりました。
その後のインド独立は、ガンジーの無抵抗主義によるものではなく!
このインド国民軍がきっかけとなって独立できたのです。

これまで、教育やマスごみが伝える“大東亞戦争(日本の正式名)”は、
圧倒的な武力の差の前に敗戦した、と謂ったものばかりだ。
非人道的、東京大空襲による民間人の大虐殺、そして原爆大虐殺・・。
たしかに、武力という勝敗においては敗戦だった。
が、亜細亜の植民地解放という目的は果たしたのです。
故に今でも亜細亜の多くが感謝している。(マスごみは伝えないが・・)

大東亞戦争。
ハル・ノート最後通牒、止む無く開戦に至り、
三年半の長き戦いの果て、同胞の多大なる犠牲をもって、
欧米列強による奴隷植民地という「人類の醜い歴史」を見事なまでに葬り去った。
もとより開戦の詔に謳われた“日本の大義”を深く、深く、歴史の時空へ刻んだ。
そういう戦いだった。

伝える事と聞く事と。 (ぼず)
2011-08-15 21:14:42
こんにちは。

日常においては、本当に徐々に、相手を見て、ほどほどに伝えていきましょうと、人にはそう言わざるをえませんが、私自身は結構つっこんでいきます(笑)

最近なぜか海自や陸自の方々と出会う機会に恵まれ色々お話するんですが、結構なぞが多いです。

この前も「徴兵制についてどう思います?」と尋ねたところ、「絶対反対、志願した者でなければもつわけがない。そんな無理やり連れてこられた奴らを指導するなんてメンドクサイ!面倒くさい!!」と言われて、
「でもかつては追い詰められた末にみんな戦場に赴きましたよね。あの先人達の多くは、元は普通の国民だったし、今も十分やばい状況ですよね・・・ロシアなんか北方領土を基地化するって言ってんですよ?少なくとも国民皆の意識を高めて、例えば自衛隊が正式に軍隊になればいいと思いませんか?」といいました。
すると「でも戦争は結果が全てだから今はいかんともし難い。」と
で、「もちろん、戦争は政治の延長である以上結果が全てであり、だからこそ政治を変える必要があって、それに敗れたとはいえ先人達の戦いがなければ今頃世界はどうなっていか・・・何を持って勝ちとするか、どちらにしろ数も必要でしょう。もし徴兵になったら、やはり俺だってあなたのような人や組織に教えを請うでしょうし、出来る限りの事をやりますよ。」と言いました。
すると「でも無理だと思う。半端じゃないから。」と。
で、「韓国みたいな糞尿で顔を洗ったり、ケツの穴見せ付けてうさぎ跳びやらされたり、便器に頭突っ込まされたり、そんなことなら無理ですよ俺も(笑)そんな事しますか自衛隊や日本軍が?もちろん今の日本の状態でただ徴兵制にしろと言うんではなくて、そうなる為には多くの国民の意識が必要です。“隊”なんておためごかしな言い方をしたままじゃあ、どの道空母を持とうが核を持とうが使えもしないし脅威でもない。日本の自衛隊が実は精強な軍隊であることは周知なんですよ。だから後は意識を変えていって、こいつらは戦うかも知れんと世界に思わせなきゃいけないし、そうやって政治も変えていくしかないと思うんですよ、皆の意識で。政治や国民が腑抜けなばっかりに現場の自衛隊員さんが一番忸怩たる思いなんじゃないんですか?だって占領されてるもん、今すでに。国防をどうお考えですか?」と。
すると「国防をどう!?俺に喧嘩売ってる!?」と軽く怒らせてしまいました(笑)
で私が「全然。どうして?」
彼「もう3.11からの活動を見てくれとしか言いようがない!」
私「もちろん、軍隊訓練を受けているからこそのこの活躍だと思うからこそ、きちんとした軍隊化、徴兵制を考えてしまうんです、今の状況がヤバすぎるから。釈迦に説法ですけど、技術の面だけではなく、レスキュー隊とは覚悟も違うと思うんです、軍というものは。おまけに今はずぶの素人が大臣やってるし・・・」
彼「あっ、北澤さんは評判いいよ。中途半端に知ってる石破さんとかは正直・・・」
私「えっ・・・髭の隊長の佐藤さんとか、じゃあどう思います?」
彼「いやぁ・・・1等陸佐で・・・そら物凄い人やと思うよ・・・」
私「ふむ・・・ちょっと聞きますけどこの前陸自の人達と話をした時、田母神さんについてあまり良く思ってない人が多かったんですけど、時間が無くて聞けなかったんですけど、何かわかりません?」
彼「ああ、それわかるよ。あんな懸賞つきのとこにああいう論文出すのはそれは違うやろって。結局目立ちたいんかと。それで今も有名になって稼いでるわけやから。」
(※ここに関しては私はまだまだ不勉強ですので敢えて反駁しませんでした。
それに、この自衛隊員の方は卑しい人では無いので。私はあの行動によって投じられた一石は大きなものだとの見解をもっていたんですが、数少ないとはいえ陸自と海自、両方の知人数名からそういわれてしまうと、思った事を簡単に口にするのは憚られました。)

彼「今回の復興作業で空母よりも率先させるべき課題が見つかった。」
私「ほうほう、何です!?」
彼「護衛艦とかより、とにかく輸送艦(艦艇)が足りんかった。全然足りん。今回あと2隻は必要だった。まして今回は戦車とか載せる必要も無かったにも関わらず、どうしても最短ルートで行っても無理があった。」とのこと。

なんだかとりとめも無いかんじなんですけど、彼が私の意図を汲んだわけでは無いにせよ、また私の言葉が足りなかったにせよ、「国防」というところで彼が見せたプライドは、少しだけホッとしました。

ただ、彼は先ごろの自民党3議員韓国入国拒否については、何であのタイミングで行ったのか分からないと言ったのでヘナヘナヘナとなりましたが・・・

ああ、言いましたよ、あの瞬間だから意味があったんだと。
反論があるというより、よく分からないという顔をされてましたが。

でも分かって下さる筈。
そもそも有りもしない南京大虐殺だとか、今一番怖いのは中国とロシアだとか周りに一生懸命話す方ですから。

教え教えられの関係でいけたらなと思います。
何れ、燎原の火となれ (大和桜)
2011-08-15 22:36:32
>山下奉文元大将といい東條英機元大将といい、辞世の句を残す心の
たたずまい。
いったいどの国の軍人が自らの死の直前にポエム(詩)を書き綴ろう・・・。
日本人は素晴らしい、と心よりそう思います。
・・・・・・・ただただ無心に伝え続けてまいりましょう。
知る人が一定の人数に達したとき、世の中はめざましく変わるでしょう。


=日本人(先人)には端から覚悟があった故、潔く、静かに、穏やかに瞑すことが出来たと思うのです。「一旦緩急あれば、義勇公に奉じ」と教育勅語の一節にあるとおり、当時は「国に非常事態が発生したときには正義のために発する勇気を持って、国に奉仕する」という考え方が当たり前でした。
そういう日本精神があったからこそ敗戦に至るまで、亜細亜で唯一の独立国家として存在し続けることが出来たのです。

 その日本が戦わずして今の世界秩序など、存在しなかったことであろう。
恐らく、シナは(欧米によって)幾つもに分割され支配されていたことでろうし、半島には地べたを這い物乞いする者者が溢れていたことであろう。
そういう想像も乏しく、歴史に向き合う誠実さの欠片も無い“特亜三国”を目の当たりにする時、「いっその事その方が良かったのでは・・」という歴史のIFに耽ることもある。
あの戦争が「無駄」とか、「ただ敗戦したからこうなった」という思考も妥当ではない。
「戦った」という事実をぬきにして戦後の有り様を考えることは、感傷的な後付けの言い訳でしかない。

「戦ったから、今がある。」
戦後、敗戦にうちひしがれた日本にかわって、
戦後日本の我々の代弁者のように、
タイ国のプラモード元首相が叫んだ。
「あの日、私達のお母さんは立ち上がった」
「お母さんは母体をそこなっているが、その後、私達はすくすくと育っている。今の亜細亜に独立をもたらしてくれたのは誰だろうか。お母さんである日本に、感謝しようではないか」と。

敗戦だが、正義はあった。
亜細亜の為、多大なる犠牲を払った日本への最大限の感謝の言葉であり、正義の証でもある。正当に評価して下さったプラモード元首相に、心より感謝したい。

べべこ姉さん
史実を、幾度も、幾度も、繰り返し伝えていきましょう。
さすれば、必ず立ち止まり、ひとり、ふたりと目覚める日本人がいるはずです。
地道に、確実に、草の根運動を展開していきましょう。

英雄 (大和桜)
2011-08-16 08:29:06
マスコミ・教育が伝えない「日本の歴史:記憶に残る英雄」

東郷平八郎は1847年12月22日、鹿児島藩士の子として生まれ。
日露戦争中の全海軍作戦を指揮し、
1904年8月10日、黄海海戦でロシア旅順艦隊を撃破、
1905年5月27日、28日の日本海海戦では「丁字戦法」でバルチック艦隊を完膚なきまでに殲滅し、日露戦争での日本の勝利に多大な貢献をしました。
日露戦争での勝利は当時ロシアの圧力に苦しんでいたトルコにおいても、自国の勝利のように喜ばれ、東郷元帥はトルコの国民的英雄となりました。
小国が大国を倒した歴史的快挙には、世界中が驚愕した。
その年にトルコで生まれた子供達の中には、トーゴーと名づけられた人もいました。
このことは、トルコが親日となったひとつの理由です。

また、東郷元帥は、アメリカ海軍にも崇拝されていました。
大東亜戦争時のアメリカ海軍の諸提督の多くは、若き日に東郷と接した事もあり、東郷に対しては英雄として崇拝していました。
特にチェスター・ニミッツは、太平洋戦争でアメリカの勝利をもたらしたことで、「東郷元帥の血筋は山本五十六ではなく、ニミッツへと受け継がれた。」とも表現され、ニミッツ本人も東郷への英雄崇拝の念が非常に強く、若い頃に日本に来て東郷と出逢い、話した時の感激を生涯忘れることはなかったと語られています。

戦後1906年、海軍軍令部長、軍事参議官を経て1913年元帥府に列せられ終身現役となりました1914年から1921年には、東宮御学問所総裁として昭和天皇の教育にあたり、1934年5月30日に逝去し、侯爵に昇叙され国葬されました。

世界が称え尊敬した日本人です、がしかし、そういう事実を隠す今の日本「特にマスコミ・教育界」とは特亜三国の従者に過ぎず、その六十六年以前の華やかな記憶を葬ることにのみ終始している。
その敵側に寝返った売国奴は「韓流は素敵、シナは友達」と今日も日本をたたき売る。

アムステルダム市長の歴史観 (大和桜)
2011-08-16 08:59:17
  アムステルダム市長の言葉

 平成三年、日本の傷痍軍人会代表団が、大東亞戦争の対戦国であったオランダを訪問した折、同国の傷痍軍人代表とともに、首都アムステルダム市長主催の親善パーティに招待されました。 その時、同市のサンティン市長は歓迎の挨拶で、実に良心的に大東亞戦争の真実を語りました。

その思いもよらぬ話に、日本の代表団は感激したのでした。

 「あなたがた日本は、先の大戦で負けて、私どもオランダは勝ったのに大敗しました。今、日本は世界1、2位を争う経済大国になりました。
私たちオランダは、その間、屈辱の連続で、勝ったはずなのに貧乏国になりました。

 戦前、亜細亜に本国の36倍もの面積の植民地インドネシアがあり、石油等の資源産物で、本国は繁栄の極みでした。
今のオランダは、日本の九州と同じ広さの本国だけになりました。
あなたがた日本は、亜細亜各地で侵略戦争を起こして申し訳ないと、
諸民族に大変迷惑をかけたと自分を蔑み謝罪していますが、これは間違いです。

 あなたがたこそ、自ら血を流して東亜民族を解放し、救い出す、
人類最高の良い事をしたのです。
何故なら、あなたの国の人々は、過去の歴史の真実を目隠しされて、今次大戦の目先のことのみ取り上げ、あるいは洗脳されて、悪いことをしたと、自分で勝手に悪者になっているが、そろそろ歴史を振り返って真相を見つめる必要があるでしょう。

 本当は、私たち白人が悪いのです。
100年も200年も前から、競って武力で東亜民族を征服し、自分の領土として勢力下にしました。 植民地や属領にされて、長い間奴隷的に酷使されていた東亜諸民族を解放し、共に繁栄しようと、遠大にして崇高な理想を掲げて、大東亜共栄圏という旗印で立ち上がったのが、貴国日本だったはずでしょう。

 本当に悪いのは、侵略して、権力を振るっていた西洋人のほうです。
日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現しました。すなわち日本軍は戦勝国のすべてを、東亜から追放して終わりました。
その結果、亜細亜諸民族は各々独立を達成しました。
日本の功績は偉大です。
血を流して戦ったあなたがたこそ、最高の功労者です。
自分を蔑むのを止めて、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきです。」


 参加者全員、思いがけない市長の発言に感動したのは謂うまでもない。
「日本は負けて、勝ったのです」
アムステルダム市長のサンティン氏のように、ヨーロッパ人は東洋の日本に、謝罪し、反省し、感謝しなければならない。
 このように良心的な正論を堂々と謂う市長だから、彼はやがて、全国民に推されてオランダの国務大臣に選ばれました。

 先の大戦での亜細亜解放の正当性を評価し歴史を公正に見つめたサンティン氏に感謝すると共に、日本の政治家よりも海外の市長のほうが日本の近現代史を理解しているというこの複雑な思い、自虐史観に染まりきった日本の現状に暗澹たる思いがよぎる一方、我々日本人の近現代史への認識不足を改めて痛感した次第です。

ありがとうございます (べべこ)
2011-08-16 10:31:29
皆さま

お返事は申し上げていませんが、頂戴しました
コメントは逐一、拝読させていただきます。
旧稿にもかかわりませず、望外のコメントに
感激いたしております。


ぼずさんがレポートくださったこと、
「空注意」さんは、どのように
お考えでしょうかしらね・・・。

皆さま、お暑うございます。
どうぞお元気で乗り切ってくださいませね。

売国亡国の輩はどんどん倒れていただいて
結構ですが、皆様はそれぞれが日本の
防人です。なにとぞ、御身お大切に
あそばしますよう。
白洲次郎 (ジジイ)
2011-08-16 12:14:53
昨年の、katanaさんへ、

白洲はお白洲で裁かれるべき、
英国のスパイだったのだけどね。

山本五十六も戦争に向かわせる
役割のスパイとか。

名前をアルファベットで書かれる
そんな方が愛国者と言われてもね。
私も聞いてみたく・・・ (ぼず)
2011-08-16 16:40:31
こんにちは。

>「空注意」さんは、どのようにお考えでしょうかしらね・・・。


私も「空注意」さんには可能な範囲でお話し願えればとは思います。

でも、ここ最近の空注意さんのコメントを拝見させてもらいましたが、いまパソコンでコメントとかするのは無理でらっしゃるでしょうから、もし御覧になられていてもお気になさらないで下さいませ。

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