Quantcast
Channel: 丹沢最高峰 蛭ケ岳1673回超えを目指して 
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2772

人類史上、最低・最悪・最凶の国民皆殺し国家である

$
0
0
「日本という国家が崩壊するわけですよね。かなり大きな県ですけれども。無人にするということですから。国家の方はそのことが分かっているので、もう駄目だと、もう人々に被曝をさせるしかないというそういう作戦に彼らは打って出たということになります。」
著名な知識人が、やっと「日本という国家の崩壊」を語りはじめた。

しかし実態は、国家の崩壊どころではない、民族の絶滅や、日本列島の放棄や廃棄も視野に入れねばならない事態になっていることだ。

日本は、現在の核、たったの4発で全滅することを知ってるか。
日本がお金を出してやるっていうのに、米軍が沖縄から逃げたがっていることは何故か?も知ってるか?
日本が米軍に沖縄に居て欲しい、と、懇願している事も知ってるか?何故かも知ってるか?
1000発の核の製造費と維持管理費がどれくらいになるのかを知ってるか?
核の貯蔵は地下深くでないと、攻撃を受けた時、ダブルで爆発してしまう事も知ってるか?
52基の原発って確か、2階とか3階とかで使用済み核が貯蔵されていたな、これって、時限爆弾にもなるな?
戦争をするつもりなら、先ずはこれらを地中深く埋めないとダメだろ。

「魔坂!」と思う人は、そう思って脳天気に生きていればE~。

フクイチの地下で溶融デブリに直接触れた海水が水蒸気爆発して、地上に噴出。この放射性水蒸気が思い雲になって、日本列島の各地を襲う!

この致命的な事態の真相(真の姿)を脳天気なバラエティ社会に公開するには、時すでに遅しだ。
大パニックどころか、国家社会が即時に崩壊するからだ。

真実・真相を知る者だけが生き残れる極限状況のなかで…、必要なのは、今後の終末論的な展開(カタストロフィ)を洞察することと、ヤーウェや釈迦にたよらぬ生きる知恵と生き残りの技術だ


ドイツのTV局は「日本国民は、放射性廃棄物と同レベルの汚染された食物を食べている!」と報じたが、この報道は日本国民には知らされなかった。

日本国は人類史上、最低・最悪・最凶の国民皆殺し国家である! この現実をはっきりと認識し、この現実が今後ますます酷くなることをしっかりと覚悟して、自力(じりき)で対処していける人間だけが生き残る! と断言しておく。

その数、わずか1千万人弱だろうが…。



台湾政府が日本からの食品輸入を全て停止したことの「科学的根拠」は、明確である。
たとえば、台湾政府が昨年4月に公表したデータ(日本食品のヨウ素とセシウムに関する分析結果を見ると、日本からの輸入食品が深刻な汚染状況にあることが分かる。

日本から輸入した食品は軒並み汚染されているが、とくに、「薯條棒」(ポテトチップス)や緑茶類は 100ベクレル/kgを軽く超えている。
(あらびき茶だけは、放射能も農薬もゼロ!)

「日本の食品は食わせられない!輸入停止!」←この台湾政府の決断と決定は、当然すぎるほど当然なのである。
台湾側は今年4月16日、規制強化を一方的に発表。日本側は「科学的根拠に欠ける」として撤回を求めていた。

この日本側の主張は相手国に対して無礼千万であるし、「無礼な日本」というイメージを世界に広めるものでしかない。

あいまいな科学的根拠をもとに相手国の産品を輸入停止にすることは、挑発になるからだ。台湾は日本を挑発してはいない。

したがって、この「科学的根拠に欠ける」という主張は、日本国民に聞かせて、日本国民を騙すためのものである。日本国民は騙されたままだが、世界のほとんどの国は、日本からの食品の輸入を停止している。

当然である。安全な食品を国民に食わせる!危険な食料は食わせない!というのが、国家・政府の最低の義務なのであるから。

ところが日本政府は激しくベクれた汚染食品を日本国民に積極的に食わせる「食べて応援!フクシマ」の狂気の国民皆殺しキャンペーン。

政府に殺されないためには、どうしたらE~のか?

食わないことである。人間は食わないほうが健康になる。
先ずは、1日1食。それも小食・粗食!これが出来れば長生きできる。出来るかい?>皆の衆

鷲はヤってる! 1日1食。




2015年度の株式配当総額が史上最高額を更新し初の10兆円を超える見通しとなりました。これは実に日本国の税収の2割を超える金額を株主の方々に還元できたことを意味し、いかにニッポンの株式市場が投資家の方々にとって魅力的なものに成長したかを示してあまりあるものであります。
これもすべて国民の皆様のご協力の賜物と感謝いたします。
3軒に1軒の貯金がない世帯の方々、2軒に1軒の貧困ラインにある母子家庭の皆様、そして6人に1人の貧困ラインにある子どもたちまで、あまねく皆様が、私の超異次元金融緩和を支持してくださり、円安によって生じる生活必需品のおびただしい値上がりを快く受け入れ、また消費税増税による法人税減税をも快く受け入れて、配当総額の押し上げに協力してくださいました。
また国民すべての財産である年金積立金を快く市場に投入していただいたことも忘れるわけにはいきません。
まさに世界一ビジネスがしやすいニッポンを作ろうじゃないかと国民一丸となり、心を合わせた賜物であります。
年金積立金の運用基準の変更による配当押し上げ効果は今期限りです。
安定した経済成長を達成するという目標はまもなく達成されます。あらゆる国民の資産を市場に投入すべく、引き続き1億1心、火の玉となって外国株主の方をおもてなしし、世界の中心で輝くニッポンを取り戻すため邁進していこうではありませんか。
(日本経済新聞一面トップ記事『株式配当 初の10兆円 今年度』に関する首相閑邸談話)

http://moriyama-law.cocolog-nifty.com/machiben/2015/05/1800-279c.html

殉職者1800人

皆さん、お仕事は安全だと勘違いしていませんか。2011年、殉職された方は2338人。同じ年の自衛隊の殉職者は9人でした。1961年には民間の殉職者は6000人を超えていました。ざっくり見て自衛隊創設以来、民間の殉職者は20万人です。皆さん、自衛隊と変わらぬほど会社に尽くしておられます。今でも毎年1000人に及ぶ民間の方々が会社に命を捧げておられます。
皆さんは自衛隊と同じように、会社、つまり株主の利益のために命をかけてくださっているのです。株主の三人に一人は外国人です。株式取引の3分の2は外国人が行っています。もちろん同盟国の株主もたくさんおられます。
殉職の精神こそ明治以来の近代日本が庶民まであまねく行き渡らせた醇風美俗であり、私が目指す世界一ビジネスがしやすいニッポンを実現するために、なくてはならないこの国の貴重な資源です。
ぜひとも皆さんの殉職の精神を私が世界一ビジネスがしやすいニッポンを実現するために、これまで以上に精一杯発揮していただくようお訴えさせていただく次第です。




皇室の蓄財に関して、『神々の軍隊』(濱田政彦著)ではこう書かれている。

 「戦前、皇室には予算として年額450万円が国家予算から計上されていたが、一説によれば天皇の総資産は少なく見積もっても約16億円であるという。だが、宮内庁のこの数字は嘘で、本当の資産総額は、海外へ隠した資産を含めれば、信じ難いような天文学的金額であるともいわれている。

 皇室予算だけではこのような金額を貯蓄することは不可能であるが、当時皇室は横浜正金(後の東京銀行)、興銀、三井、三菱ほか、満鉄、台湾銀行、東洋拓殖、王子製紙、台湾製糖、関東電気、日本郵船等、大銀行、大企業の大株主であり、その配当総計は莫大なものであった。すなわち、これら企業・銀行の盛衰は、そのまま皇室に影響を及ぼすわけである。こうなると戦争で、財界が植民地から搾りとるほどに皇室は豊かになるということになる。」


 この年額450万円が現在の価値ではどのくらいになるかはむずかしいところではあるが、現在の貨幣価値は、明治初期に対してはだいたい1万倍、明治30年ころで5000倍。戦前で1000~2000倍、戦後から今日までで10倍といったところらしい。
 単純に当てはめれば、450万円は現在なら45億から90億円という巨額なカネが、年ごとに天皇家に税金から与えられた。

 戦前の天皇家と国家、あるいは天皇家と資本家の関係がこれで言い尽くされているであろう。昭和天皇は昭和の大戦争に深く関与した。戦争責任はある。
 いかにユダヤから仕掛けられた戦争であろうとも、大企業、大銀行はみんな戦争経済へと誘導したのであって、その大株主であった天皇が戦争を指導したのだから、責任なしとは言えない。

 私は先の戦争に関して連合国に謝る理由はないと思うが、天皇に戦争の責任は重大だったと思う。
 国民は「天皇のために」と言って、兵隊に取られ、それを信じて無惨に殺されたのだ。

 これは兵頭二十八氏が語っているが、日本は本来的にはロシアに北方四島を返還しろとは言えない。日ソ不可侵条約を一方的に破って侵略したのがソ連だったから、奴らもいくらかは後ろめたさがあるようで、「まあ一部なら返還してもいいぜ」とほのめかす。

 兵頭氏は、ロシア側は国後島と択捉島の間で国境線を引くのが一番良いと考えているはずだと言う。歯舞色丹、国後の辺りは水深が浅く潜水艦が行動しにくく国境線が複雑だから守りにくい。
 国後島と択捉島の間は水深が深く、潜水艦が行動しやすいうえ、国境線がすっきりする。だから、というわけだ。なるほど。
 
 それは余談だが、なぜ樺太も千島列島も日本に帰属しないかといえば、当時の日本政府が国体すなわち天皇を守ることを第一義にしたからだ。例の瀬島龍三が裏切り工作をソ連とやった。

 8月15日を過ぎても、ソ連軍は漁船とかに乗って千島列島に押し寄せた。最北端の占守島では日本軍は激しく抵抗したが、他は大本営が抵抗するなと再三命令を下している。本来なら、停戦後に戦争をしかけるソ連軍には、実力で撃退しても国際法上許されるのに、大本営はそうさせなかった。

 北海道にも多数の特攻機が配備されていたが、出撃させなかった。
 これはただただ、千島や樺太はソ連様に差し上げますから、どうぞ天皇の戦争責任には目をつぶってください、と懇願したのである。

 その要求を承認して、ソ連は天皇を極東裁判にかけるという要求を引っ込めた。
 瀬島はおまけに、満州にいた日本軍や民間人をソ連に差し出し、酷寒のシベリアなどに抑留させ、奴隷のようにひどい労働に従事させ、多数の死者を出した。

 今なおシベリアの原野や北朝鮮でゴミのように棄てられた日本兵や婦女子たちは、ヒロヒト天皇の身代わりにされたのである。
 日本は千島、樺太の領有権を放棄し、人民をシベリアに抑留させることと引き換えに天皇を救った。
 これが戦後秘史である。

 『神々の軍隊』にもあるように、天皇家と日本郵船は明治期から深い仲にあった。日本郵船の大株主は天皇と三菱財閥であった。当時は海外渡航といえば船舶しかなく、日本郵船は日本貿易の命綱である。この日本郵船が大量の移民をアメリカに送り込んだ(数十万人といわれる)し、また大量の若い女性を海外に運んだのである(娼婦にするためである!)。

 日本郵船だけでなく、天皇は大阪郵船の大株主でもあり、これを使って、日本は手に入れた外地へ、人間や物資を運ばせ、莫大な利益をあげさせた。
 鬼塚英昭氏の『天皇のロザリオ』(成甲書房)によれば、福沢諭吉は「賎業婦人(娼婦)の海外出稼ぎするを公然許可するべきこそ得策なれ」と主張している。

 外貨稼ぎに日本の女性を使えと言ったのであるから、どこが「天は人の下に人をつくらず」だ! つまり諭吉は、娼婦の海外輸出は天皇と三菱に利益もたらすから「得策だ」と平然と言ったのである。だから諭吉はユダヤ・フリーメースンの会員だったのだ。慶應義塾とは日本資本主義と天皇を支える私立の重要な学校であった。財界人を多く輩出したのは慶應義塾や官製の東京帝国大学であった。

 そこを出た財界のトップたちは、2・26事件を影で操り、そこから一気に戦争経済へ主導し、政府要職にも就くなどして日本を大戦争とその果ての破局へと導くのである。
 鬼塚英昭氏の『天皇のロザリオ』には、戦前の皇室が銀行支配も徹底していたことを書いている。

 皇室は日本銀行の47%の株を所持していた。だから紙片を発行し、公定歩合を調整するたびに、莫大な利益が皇室に流れた、とある。
 日銀は発足当初からユダヤ国際金融資本の日本支店であるから、これでいかに天皇家とユダヤ資本が深い関係かがわかるだろう。

 さらに鬼塚氏は天皇とアヘンの関係も暴露している。
 「同じ手口(米国に移民を送って儲けた話)を皇室と三菱は考えた。ペルシャ(イラン)からのアヘンの輸入であった。皇室と三菱は三井も仲間に入れることにした。三井を入れなければ内乱が起こる可能性があったからだ。三井と三菱は隔年でアヘンをペルシャから入れ、朝鮮に送り込んだ。満州という国家はこのアヘンの金でできた。

天皇一族はアヘンの利益を守るために秘密組織をつくった。厚生省に、天皇は木戸幸一(後に内大臣)を入れ、アヘン政策を推進させた。1938(昭和13)年12月に興亜院がつくられた。支那戦線が拡大し占領地域が増えたため、占領地に対する政務・開発事業を統一指揮するために設けられたと表向きは言われるが、裏ではアヘン政策を統括した。

 対中外交に関する権限は外務省にあったのに、興亜院が設置されると外務省の権限縮小に累が及んだ。軍人や官僚どもにとってはおいしい利権ができた以上、外務省と張り合って自分たちの縄張りを拡大しようとした。これが対支那戦争の終結をむずかしくしてしまった。

 その後、昭和17年11月に拓務省・対満事務局・外務省東亜局・同省南洋局と共に統合・改編され大東亜省に変わる。
 ついでに言うと、総理大臣になった大平正芳は興亜院の蒙疆連絡部や経済部で勤務していた。任官中、興亜院が主導する阿片政策をその重用な職務のひとつとして遂行した。

 ふん。こいつが敬虔なクリスチャンとマスゴミに褒められた輩の正体である。
 大平内閣の閣僚でもあった大来佐武郎、伊東正義、佐々木義武も官僚時代、興亜院勤務で支那に渡っていた。このため、自民党内からは「興亜院内閣」と陰口を叩かれた。みんな卑怯にも口を拭って知らぬ顔だった。

 興亜院は支那の熱河省でケシ栽培を推進し、それを朝鮮にほうり込んだとされる。この利益も皇室の財産の形成に大きく貢献した。
 多くの(ほとんどと言うべきか)軍人たちが、三菱と三井のアヘンの利益の一部をもらって遊興にあけくれた。

 アメリカ、中共、台湾、香港の合作映画「ラスト、コーション」は、大戦中の上海や香港を舞台に、抗日運動に身を投じる女スパイの話だが、この中にも占領中の上海で日本軍人らが毎夜、料亭でドンチャン騒ぎの宴会に興じているさまが描かれている。
 小銃の弾さえこと欠く軍隊が、なぜが派手に宴会をやらかして将校どもがグデングデンに酔っぱらえるのかといえば、陸軍がひそかにアヘンで儲けていたからである。

 山本七平氏も、戦争末期に軍人としてフィリピンに赴任していた体験として、明日にも米軍が攻めてくるかも…というときに、軍人たちは毎夜マニラの日本料亭で酒と女に溺れているさまを書いていた。

 今上天皇は先きごろ、パラオに慰霊の旅に出向いたそうで、その事自体は殊勝な心がけであるけれど、キレイ事ばっかりやってんじゃないよ。父親がどれほど蓄財をやらかしたか、アヘンに手を染めたかを知って、英霊だけでなく国民にも謝罪したらどうなんだ?

 昭和天皇も、財閥も、軍人も、アヘンという恥ずべき巨悪に手を染め、巨利を得ては遊興に使うために、戦争を次々に仕掛けたのだった。このゆえをもって、ヒロヒトはついに終生、支那と朝鮮には足を踏み入れることができなかった。ちなみに沖縄も、ヒロヒトは自らの助命と引き換えに、米軍の永久使用を提供したので、これまたついに沖縄を行幸することはできなかった…。

 さて、再び『神々の軍隊』の続きである。
 「皇室は蓄えた資産をモルガン商会を通して海外で運用していたが、金塊、プラチナ、銀塊などがスイス、バチカン、スウェーデンの銀行に預けられていた。さらに取り巻きの重臣たちもそれに倣って同商会に接触し、そのおこぼれに預かっていた。

 中立国スイスには、敵対する国の銀行家同士が仲良く机を並べて仕事をしている奇妙な現象が見られたが、なかでも国際決済銀行、通称バーゼルクラブは、世界の超富豪が秘密口座を持つ銀行で、治外法権的な存在であった。同行は不安定な紙幣ではなく、すべてを金塊で決算する銀行であった。

 内大臣・木戸幸一は、日米英戦争末期の昭和19年1月、日本の敗北がいよいよ確実になると、各大財閥の代表(銀行家)を集め、実に660億円(当時)という気の遠くなるような巨額の皇室財産を海外に逃すよう指示した。
 (先に計算したように、660億円を現在の貨幣価値にするために1000倍から2000倍にしてみてほしい。)

 皇室財産は中立国であるスイスの銀行に移され、そこできれいな通貨に“洗浄”されたが、その際皇室財産は、敵対国にばれぬようナチスの資産という形で処理された。スイスは秘密裏にナチスに戦争協力したので、ナチスの名のほうが安全だったわけである。」

 昭和天皇は大東亜戦争中、宮中に大本営を置いて陸海軍の下僚参謀を指揮して作戦を実行した。その参謀の1人が瀬島龍三であった。それの実態が連合軍にバレれば自分も戦犯として処刑されるという危険と、せっかく築いた莫大な資産が取り上げられることを心配したかもしれない(むろん実態は連合国は承知していた)。だから彼は、資産をスイスや南米の銀行に預けた。海軍の潜水艦を私的に使ってアルゼンチンに金塊を避難することまでやった。

 そして進駐軍がくると、マッカーサーに卑屈に叩頭し、「朕はキリスト教徒になってもいい、日本をカソリックの国にしてもよい」と申し出た。宮中の女性を東京裁判のキーナン検事に提供して歓心を買った。戦争中の陸軍軍人の内輪情報を(田中隆吉を使って)チクっては責任を全部東条らに押しつけて、彼らが絞首刑になるよう誘導した。我が子の皇太子をヴァイニング夫人というキリスト教徒の家庭教師に就けさせた。
 みんな、自分の命乞いのため、そして資産保全のためと言われる。
 
 小林良彰の『日本財閥の政策』は、鈴木大拙と出光の関係を書いたときに紹介したが、こんなことも書いている。

 「中島知久平(中島飛行機 ゼロ戦の製造で有名)は、陸軍が(支那事変で)未だ戦線を黄河あたりにまででとどめようとしているとき、閣僚の一人として漢口まで行かねばならないと主張した。

 もっとも大胆に(中国戦線)拡大を唱えたのは、鐘紡社長津田信吾である。彼は中国との全面戦争とともに、イギリスとの戦争を説いた。彼の強硬論は鐘紡の高利益の基礎に外地会社の多角経営があり、これを積極的に中国領内に拡大する希望を持ったこと、(中略)中国国内に原材料基地を見出さねばならぬという因果関係からくるものであろう。」

 中島知久平が閣僚になって戦争を主張したように、また王子製紙社長の藤原銀治郎は、海軍顧問、商工大臣、国務大臣。軍需大臣を歴任し、その地位を利用して戦争でしこたま儲けたクチである。

 戦後、自民党の大物議員で60年安保時に外相を務めた藤山愛一郎も戦前、大日本製糖社長として、戦争を煽った人物である。彼は台湾での製糖事業を一手に握っていたが、さらに南方と中国南部に製糖工場を広げるべき軍部と結託した人間である。

 こうした三井・三菱以外の中小財閥も、積極的に戦争経済を推進しようと図ったのである。それを最も喜んだのはこれらの会社の大株主だった天皇であった。
 こうして見てきたように、天皇は莫大な蓄財を行うために、財閥と組んで国民を売りとばし、戦争を仕掛けて国民を殺してきた。責任はすべて軍人と国民とに押し付けた。血も涙もない、とはこのことではなかろうか。

 終戦後、彼は「人間宣言」のあと、全国を巡幸して歩いた。その映像は今も残る。敗戦で打ちひしがれた国民を激励すると称して(膨大な予算を使って)行幸したときの姿は、わざと古着にすり減ったクツを履いて、軍部に騙された気の毒な天皇という哀愁を演出してみせたと『天皇のロザリオ』にある。

 彼は1901年生まれだから、巡幸のころはまだ40代後半なのに、わざと猫背にして60歳くらいの老人のように見せているように、映像や写真からは伺える。
 何を説明しても「あ、そう」と答えたことは有名になったが、これも自分は戦争を指揮したりしない、言われるがままの人間だったという印象を与えるためだろう。

 戦前には絶対に大衆の前に姿を晒さなかった彼が、大衆に向けてソフト帽子をふりふり、愛想笑いを浮かべて「平和天皇」を演じてみせたことは、戦犯から除外してもらうための進駐軍へのポーズでもあったし、見事に国民をあざむくことにも成功したのであった。
 戦後もついにマッカーサーをも騙しきって、資産を守った天皇が、なんで古着にボロ靴なのか。その心根の深奥をわれわれ国民は知るべきであろう。



Viewing all articles
Browse latest Browse all 2772

Trending Articles