シューマンのピアノ協奏曲は私も大好きです。シューマンでいちばん好きなのはたぶん幻想曲作品17だと思いますが、その次くらいに好きです。
演奏でいちばん好きなのは、現在は、ルービシュンタイン/ジュリーニのロマンティックな演奏だと思います。他にも、ルービンシュタインのクリップスとの旧盤、ルプー/プレヴィンや個性的なケンプ/クーベリックなど、自分の好きな演奏はいろいろあります。
多数の名作を生み出した作曲家の夫と、名ピアニストとして知られていた妻の組み合わせ。
このように最適なカップルであっても、その人生が幸せなものになるとは限りません。シューマンと妻クララの関係も、まさにそのようなものでした。二人の短い夫婦生活には、どのようなドラマがあったのでしょうか?
シューマンにとって妻クララとは?
1856年に46歳という若さで亡くなったドイツの作曲家、音楽評論家のロベルト・アレクサンダー・シューマン。ロマン派を代表する音楽家のひとりとして知られている存在です。
大学で法律を学んでいた彼は、どうしても音楽家への夢を諦めきれず、当時ピアノ教師として有名であったフリードリヒ・ヴィークへ弟子入り。そのヴィークの娘が、名手として知られていたピアニストのクララです。
父親ヴィークから激しい怒りをかいながらも、シューマンとクララは1839年に結婚。8人の子供にも恵まれ、作曲家としても作品の幅を広げたシューマンには、何も問題がないように見えました。
ところが彼も高く評価していた若きヨハネス・ブラームスと出会ってから少しした頃から、彼の精神面での問題が進行。最後はライン川に投身自殺を図る程度にまで病状が進行しました。
シューマンの晩年
投身自殺を図った後から、彼の人生は急速に終幕へ向かいます。入院から約2年経過した1856年の7月に亡くなった彼は、最後にクララが指につけたワインを飲んだそうです。
演奏家としては、指に発生した腫瘍のため一定のレベルで成長が止まってしまったシューマン。そのため音楽評論家や作曲家としての地位を確立する方向へ自分の全精力を注ぐことになったことが、現在の高い評価に結びついたのかも知れません。
評論家としてのシューマンもかなり有名な存在でした。同じ年齢であったフレデリック・ショパンのことは、特に絶賛。
その評論のなかでは「諸君、脱帽したまえ、天才だ!」というように最大限の評価を与えています。単純な評論ではなく、自分の頭のなかで創りだした架空の座談会で、これまた架空の評論家が登場するという彼独自の世界。
ショパン以外にもメンデルスゾーンやブラームスなどを高く評価、また過去の音楽とされていたバッハ全集の出版を呼びかけるなどの積極的な活動で知られています。
シューマンと妻クララの人生は、それ自体がドラマ
ショパンやリストのようなピアニストにも高く評価されるピアニストであったシューマンの妻クララ。作曲家としても才能を発揮しながらも、女性の作曲した作品を正当評価できるほど成熟していなかった当時の音楽界に嫌気が差して作曲を辞めた彼女。
作曲家としての道を断念したクララにとって、夫シューマンの存在は特別のものだったでしょう。
8人もの子供を出産しながら、その合間に演奏旅行を行っていた彼女は、1896年に76歳で亡くなるまでピアニスト、そしてピアノ教師として夫シューマンの分まで活躍しました。父親であったヴィークによる英才教育によって、優れた演奏技術を身につけたクララ。
そして演奏家としてのキャリアを断念して、優れた作品を多数生み出したシューマン。この二人の関係は、どのようなドラマでもあり得ないほどの宿命を感じるものです。
今回行った演奏会のプログラム
第1848回N響定期公演2016.11.20(日)15:00〜 NHKホール
指揮:デーヴィッド・ジンマン(David Zinman)
ピアノ:レイフ・オヴェ・アンスネス(Leif Ove Andsnes)
曲目:シューマン:マンフレッド序曲
シューマン:ピアノ協奏曲イ短調作品54
(アンスネス氏によるアンコール)シベリウス:ロマンス作品24-9変ニ長調
シューマン:交響曲第3番変ホ長調作品97「ライン」
レイフ・オヴェ・アンスネス氏略歴
1970年ノルウェーのカルメイで生まれ、ベルゲン音楽院で有名なチェコのイルジー・フリンカに師事。現在はオスロのノルウェー音楽院の教授を務め、スウェーデン王立音楽院のメンバーでもある。彼の録音は、これまでにグラミー賞に8回ノミネートされ、6回のグラモフォン賞を含む国際的な賞を受賞している。
「威厳ある優美さ、力強さ、洞察力を有するピアニスト」とニューヨーク・タイムズに評され、強力なテクニックと綿密な解釈で国際的な名声を獲得しているアンスネスは、世界の主要なコンサートホールでリサイタルを行い、一流オーケストラと協奏曲を共演している。
2016年夏に母国ノルウェーでローゼンダール室内楽フェスティヴァルという新しい音楽祭を立ち上げるなど、ますます充実した活動ぶりを見せている。
1970年、ノルウェーのカルメイ生まれ。ベルゲン音楽院でチェコ人教授イルジ・フリンカに学び、その後ベルギー人のジャック・ド・ティエジュに指導を受ける。早くより国際的な活動を開始し、1992年にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団定期公演にデビューを果たす。以来、同世代のもっとも才能豊かなピアニストのひとりとして、世界の檜(ひのき)舞台で脚光を浴びている。
メジャーレーベルでの録音も活発で、アントニオ・パッパーノ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との共演によるラフマニノフ『ピアノ協奏曲集』や、グリーグ『叙情小曲集』でイギリスのグラモフォン賞を獲得するなど、数多くの受賞歴を誇る。
近年の活動ではマーラー室内管弦楽団との「ベートーヴェンへの旅」プロジェクトが大きな話題を呼んだ。4年にわたってベートーヴェンの《ピアノ協奏曲》全5曲に取り組み、ヨーロッパ、北米、アジアでツアーを行って成功を収めた。その成果はレコーディングでも聴くことができる。
2002年にノルウェーの最高の名誉とされるノルウェー王国聖オラフ勲章コマンダー、2007年にはペール・ギュント賞を受賞した。
そこには僕の知らない音空間が広がっていました。衝撃を受けました。まずピアノの音がクリアで非常に透明感があり、若々しくエッジが効いたリズム感が素晴らしい。瑞々しい音楽で、まるで北欧、ノルウェーのフィヨルドの渓谷にある氷でできた幻想的な洞窟の中で聴いているかのような錯覚に襲われました(そんな所行ったことないですが…)。
僕自身が山村の、冬は寒い村出身ということもあったのかもしれませんが、アンスネスの音楽に深く共感しました。
それからは、アンスネスの出す殆どのCDを買っています。そして、2007年の2月にさいたま芸術劇場で初めて実演に接して以来、来日する度に僕が聴きに行く唯一のピアニストとなりました。
(ちなみにこの時はシベリウスの小品、お得意のグリーグのバラード、シェーンベルグ、そしてベートーヴェンの最後のピアノソナタ第32番でした。とりわけこのベトソナの2楽章のピアニッシモのトリルの音が柔らかくて素晴らしく、衝撃を受けました)
アンスネスの演奏の特徴を自分なりに解釈してみる
僕は当時の実演には接していないですが、アンスネスはデビューしたての頃は結構バリバリ弾いていたように思います。「バリバリ」というのは、今よりもヴェルトオーソに近い、所謂 「力技」ですね。先程紹介したニールセンや、ヤナーチェクのCDなどを聴くとよく分かります。今では必要な時しか使わない低音のフォルテシモもよく聴こえます。
ここでその証拠に、音楽評論家の故、吉田秀和氏が、音楽会評でアンスネスについて書いている文章を抜粋で紹介したいと思います。
(前略)だが、実演をきくと、多彩な音楽をこなす能力というのは、むしろ彼の表面的な面でしかなく、本質的にはかなりはっきり自分の領域をもっている人なのではないかと思われてくる。広いレパートリーは、まだ若いし狭い枠に自分を閉じこめてはいけないという意識と意欲の結果、こうなっているのではないか。少なくとも目下のところ、彼がとりあげる曲がいろいろ違っているほどには彼の演奏から聞こえてくる音楽は変わっていない。(中略)
ラフマニノフ(『楽興の時』『練習曲集』からの抜粋五曲)は胸のすくような早業とかすごい強者の披露とか、走りまわる高音と低音の間で聞こえてくる中声の歌とかはよかったが、このピアノの大家の曲をきく人なら誰も期待している深々とした響きや濃厚な情趣とかにふれる喜びは完全には満たされないまま。むしろ力任せに叩きつけるフォルテと単調でニュアンスの乏しいピアノの連発に少々閉口して「美しい音楽」をききたくなった。(後略)
白水社 吉田秀和全集より1999年12月20日の演奏会評より一部引用
これまた随分な言われようですね(笑)。「力任せに叩きつけるフォルテ」というのは、現在のアンスネスの演奏からは到底想像できないです。「美しい音楽をききたくなった」って、アンスネスの音楽は「美しくない」ということですか?ちょっと賛同しかねますね。
しかしながら、この文章にはこの後にシューベルトの20番ソナタを評して、「この人がただのピアノひきではないことがはっきりわかる。」という文章も出てきます。
また、吉田氏は晩年(といっても僕が初めてアンスネスの実演に接した2007年2月)、アンスネスの弾くベートーヴェンの32番のソナタを絶賛していました。
以下引用の引用。
夕刊には吉田秀和の「音楽展望」を掲載。もう80才の半ばだと思うが、今日の文章はTVも新聞も遠ざけた彼の老境の香りが漂っている。今までにない味わいだ。ところが、文章の終わりに書かれたベートーベンの最後のピアノソナタ作品111についてのコメントが実にいい。少し長いが引用しておく。最近アンスネスの演奏でこの曲を聴いたということで「とくに第4変奏以降の音楽はこれ以上考えられない微妙な音で影の世界に出没する何かみたいに聞こえた。(中略)ベートーベンは「晩年に向かうにつれ、こうした諦念に満ちた霊妙の世界に入っていったのである。この音楽のあと残していった沈黙は、およそ音楽から生まれた沈黙の中でも最も深いものである。」これを言いたいために全体があるような気もするがどうだろうか。
吉田秀和の「音楽展望」 - 残照亭日常さんより引用
話を元に戻すと、
アンスネスは若い頃と今では芸風が変わったということですね。
もちろん、核になる部分、例えば曲全体の見通しの良さ、恐ろしく正確でよく回る指、テンポ感の良さ(殆どテンポを揺らさない)、エッジの効いたくっきりとした打鍵は健在ですが、
そこにまろやかで、馥郁たる柔らかい絹糸のようなピアニッシモの表現が加わります。低音の叩きつける表現は身を潜め、代わりに「音楽的であることを優先した、幾分抑えられたフォルテシモ」の表現が加わります。決して音を濁らせないペダリングも見事です。それと、去年のベートーヴェンの弾き振りで大いに関心したことですが、曲全体の見通しの良さ、にも関係してきますが、「曲の構造」を完璧に理解しています。
そして、僕が思うアンスネスの演奏の最大の特徴は、
「完璧に演奏曲を準備して、それを本番で出せる事」
だと思うのです。
しかしながら、これは裏を返せえば、
「本番中に、準備した以上の事を羽目をはずしてやらない」
という事です(勿論、会場の響きや雰囲気によって多少は弾き方を変えたりはしていますし、そういう事も十分できる能力を持ったピアニストです)。
僕が好きなピアニストの一人にクリスチャン・ツィメルマンがいますが、彼のサントリーホールでのショパン演奏は素晴らしいものでした。本番ではショパンのソナタで迷子になる部分もありましたが、3番のソナタのフィナーレはどんどんヴォルテージが上がっていき、ミスタッチも何のその、迫力満点の演奏を聴かせてくれました。これには大いに興奮しました。
こういった、スリリングな演奏とは対象的にアンスネスの演奏は一見淡白に聴こえます。ミスタッチも極端に少ないです。
それは職人気質な性格にもよると思います。多分アンスネスは予定を立ててその通りに実行する、という事がピアニストの誰よりも秀でています。
それ故に、自分自身を客観的に見ることに長けた、非常に知性的で、洞察力の鋭いピアニストといえます。客観的にステージ上の自分を見れてしまう事によって、主観的な表現は鳴りを潜めます。
アンスネスの関心事は「音楽」そのものであり、「構造」であるのです。
聴く人によっては「アンスネスの演奏はつまらない、安全運転で普通に弾いてるだけじゃん」とか、
「アンスネスのショパンは自分を出さない」という意見があることも十分理解できますが、
では「真の音楽のあり方」とはどのようなものでしょうか?「真のショパン演奏」とは?「真のシューマン演奏、ベートーヴェン演奏とは?」…。
僕が思うに、これは結局は「人それぞれの好み」の問題だと思います。
恋愛でもそうですが、スリリングな間柄のカップルもいれば、しみじみとした間柄のカップルもいるわけです。天才肌の人間が好きな人もいれば、職人気質の人間が好きだという人もいます。その時時によっても好みは変わるでしょう。
僕の個人的な意見からすると、アンスネスの演奏、とりわけ生演奏は、聴いている方からすれば十分興奮のできる、大変魅力的な演奏であることが多いです。音楽を客観的に追求した演奏が、十分に説得力を持って、「音楽」として届くからです。
前置きが長くなりましたが、今回のピアノ協奏曲の感想
さて、長々とアンスネスの演奏の特徴を書いてしまいましたが、僕は今回の演奏を聴いて、アンスネスは少しずつ、再び芸風を変えようとしているように思えました(それは、去年あたりから伸ばしているヒゲも関係しているかもしれません笑)。
シューマンのピアノ協奏曲では、ペダリングが絶妙で、すべての音に対して神経が行き届き、一つの音も疎かにしない、知性的なアプローチでした。それでいて温かく、さながら手慣れた職人さんが、アラベスク模様を丹念に紡いでいくように、音が紡ぎ出されます。
オーケストラとの掛け合いも絶妙で、ジンマンさんの音量の調整とか、歌い方もアンスネスと合っており、「この二人は馬が合うのでは?」と思いました。
芸風が少しずつ変わった、と思ったのは、いつもより荒々しい音が出ている部分が幾つかあったことです。勿論、歌謡曲専用NHKホールですから、オーケストラの音に埋もれないために大きな音を出す必要がある箇所もあるのですが、これは素晴らしいことのように思えました。「主観的な部分を表に出そうとしている」のだと解釈しました。
そして、いつもより「スイスイ」と音楽を進めない、聴かせるところは聴かせる演奏でした。過去のアンスネスのCD等(例えば、ヤンソンスとやったこのシューマンのピアノ協奏曲)を聴くとよく分かりますが、アゴーギクの変化(テンポの揺れ)があまりなく、スイスイと次のフレーズに進んでしまう面がありましたが、今回はゆったり目のテンポで、適度に構造的に合理的な「句読点」を音楽に取り入れていました。
そして3楽章は聴いていてとても幸せでした。シューマンはこんなにも良い曲を作っていたのか!と改めて認識しました。
音楽を構造的に解析しながらも、全体的に収斂されていくような工程を、それでいて自然さを失わない工程を視聴することは、耳にとって愉悦であり、快楽でありました。
僕は演奏が終わりそうになるのが、名残惜しくて仕方ありませんでした。
盛大な拍手とブラボーの後の、アンコールのシベリウスの「ロマンス」は、決して中心となる音楽ではなく、周辺に佇んでいる音楽にも関わらず、その現代的な響きと、フィンランドの大自然から生まれた響きが絶妙に表現されていました。アンスネスの多彩な音色を感じることができました。
総じて、満足のいく演奏会でした。アンスネスは僕にとってこれからも聴き続けていきたい唯一のピアニストということを再認識しました。次は23日に所沢のリサイタルに行きます。
(2016.11.21朝追記)
未だに昨日の演奏を思い浮かべるととても幸せで、満ち足りた気分になります。やはり素晴らしい演奏でした。
演奏でいちばん好きなのは、現在は、ルービシュンタイン/ジュリーニのロマンティックな演奏だと思います。他にも、ルービンシュタインのクリップスとの旧盤、ルプー/プレヴィンや個性的なケンプ/クーベリックなど、自分の好きな演奏はいろいろあります。
多数の名作を生み出した作曲家の夫と、名ピアニストとして知られていた妻の組み合わせ。
このように最適なカップルであっても、その人生が幸せなものになるとは限りません。シューマンと妻クララの関係も、まさにそのようなものでした。二人の短い夫婦生活には、どのようなドラマがあったのでしょうか?
シューマンにとって妻クララとは?
1856年に46歳という若さで亡くなったドイツの作曲家、音楽評論家のロベルト・アレクサンダー・シューマン。ロマン派を代表する音楽家のひとりとして知られている存在です。
大学で法律を学んでいた彼は、どうしても音楽家への夢を諦めきれず、当時ピアノ教師として有名であったフリードリヒ・ヴィークへ弟子入り。そのヴィークの娘が、名手として知られていたピアニストのクララです。
父親ヴィークから激しい怒りをかいながらも、シューマンとクララは1839年に結婚。8人の子供にも恵まれ、作曲家としても作品の幅を広げたシューマンには、何も問題がないように見えました。
ところが彼も高く評価していた若きヨハネス・ブラームスと出会ってから少しした頃から、彼の精神面での問題が進行。最後はライン川に投身自殺を図る程度にまで病状が進行しました。
シューマンの晩年
投身自殺を図った後から、彼の人生は急速に終幕へ向かいます。入院から約2年経過した1856年の7月に亡くなった彼は、最後にクララが指につけたワインを飲んだそうです。
演奏家としては、指に発生した腫瘍のため一定のレベルで成長が止まってしまったシューマン。そのため音楽評論家や作曲家としての地位を確立する方向へ自分の全精力を注ぐことになったことが、現在の高い評価に結びついたのかも知れません。
評論家としてのシューマンもかなり有名な存在でした。同じ年齢であったフレデリック・ショパンのことは、特に絶賛。
その評論のなかでは「諸君、脱帽したまえ、天才だ!」というように最大限の評価を与えています。単純な評論ではなく、自分の頭のなかで創りだした架空の座談会で、これまた架空の評論家が登場するという彼独自の世界。
ショパン以外にもメンデルスゾーンやブラームスなどを高く評価、また過去の音楽とされていたバッハ全集の出版を呼びかけるなどの積極的な活動で知られています。
シューマンと妻クララの人生は、それ自体がドラマ
ショパンやリストのようなピアニストにも高く評価されるピアニストであったシューマンの妻クララ。作曲家としても才能を発揮しながらも、女性の作曲した作品を正当評価できるほど成熟していなかった当時の音楽界に嫌気が差して作曲を辞めた彼女。
作曲家としての道を断念したクララにとって、夫シューマンの存在は特別のものだったでしょう。
8人もの子供を出産しながら、その合間に演奏旅行を行っていた彼女は、1896年に76歳で亡くなるまでピアニスト、そしてピアノ教師として夫シューマンの分まで活躍しました。父親であったヴィークによる英才教育によって、優れた演奏技術を身につけたクララ。
そして演奏家としてのキャリアを断念して、優れた作品を多数生み出したシューマン。この二人の関係は、どのようなドラマでもあり得ないほどの宿命を感じるものです。
今回行った演奏会のプログラム
第1848回N響定期公演2016.11.20(日)15:00〜 NHKホール
指揮:デーヴィッド・ジンマン(David Zinman)
ピアノ:レイフ・オヴェ・アンスネス(Leif Ove Andsnes)
曲目:シューマン:マンフレッド序曲
シューマン:ピアノ協奏曲イ短調作品54
(アンスネス氏によるアンコール)シベリウス:ロマンス作品24-9変ニ長調
シューマン:交響曲第3番変ホ長調作品97「ライン」
レイフ・オヴェ・アンスネス氏略歴
1970年ノルウェーのカルメイで生まれ、ベルゲン音楽院で有名なチェコのイルジー・フリンカに師事。現在はオスロのノルウェー音楽院の教授を務め、スウェーデン王立音楽院のメンバーでもある。彼の録音は、これまでにグラミー賞に8回ノミネートされ、6回のグラモフォン賞を含む国際的な賞を受賞している。
「威厳ある優美さ、力強さ、洞察力を有するピアニスト」とニューヨーク・タイムズに評され、強力なテクニックと綿密な解釈で国際的な名声を獲得しているアンスネスは、世界の主要なコンサートホールでリサイタルを行い、一流オーケストラと協奏曲を共演している。
2016年夏に母国ノルウェーでローゼンダール室内楽フェスティヴァルという新しい音楽祭を立ち上げるなど、ますます充実した活動ぶりを見せている。
1970年、ノルウェーのカルメイ生まれ。ベルゲン音楽院でチェコ人教授イルジ・フリンカに学び、その後ベルギー人のジャック・ド・ティエジュに指導を受ける。早くより国際的な活動を開始し、1992年にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団定期公演にデビューを果たす。以来、同世代のもっとも才能豊かなピアニストのひとりとして、世界の檜(ひのき)舞台で脚光を浴びている。
メジャーレーベルでの録音も活発で、アントニオ・パッパーノ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との共演によるラフマニノフ『ピアノ協奏曲集』や、グリーグ『叙情小曲集』でイギリスのグラモフォン賞を獲得するなど、数多くの受賞歴を誇る。
近年の活動ではマーラー室内管弦楽団との「ベートーヴェンへの旅」プロジェクトが大きな話題を呼んだ。4年にわたってベートーヴェンの《ピアノ協奏曲》全5曲に取り組み、ヨーロッパ、北米、アジアでツアーを行って成功を収めた。その成果はレコーディングでも聴くことができる。
2002年にノルウェーの最高の名誉とされるノルウェー王国聖オラフ勲章コマンダー、2007年にはペール・ギュント賞を受賞した。
そこには僕の知らない音空間が広がっていました。衝撃を受けました。まずピアノの音がクリアで非常に透明感があり、若々しくエッジが効いたリズム感が素晴らしい。瑞々しい音楽で、まるで北欧、ノルウェーのフィヨルドの渓谷にある氷でできた幻想的な洞窟の中で聴いているかのような錯覚に襲われました(そんな所行ったことないですが…)。
僕自身が山村の、冬は寒い村出身ということもあったのかもしれませんが、アンスネスの音楽に深く共感しました。
それからは、アンスネスの出す殆どのCDを買っています。そして、2007年の2月にさいたま芸術劇場で初めて実演に接して以来、来日する度に僕が聴きに行く唯一のピアニストとなりました。
(ちなみにこの時はシベリウスの小品、お得意のグリーグのバラード、シェーンベルグ、そしてベートーヴェンの最後のピアノソナタ第32番でした。とりわけこのベトソナの2楽章のピアニッシモのトリルの音が柔らかくて素晴らしく、衝撃を受けました)
アンスネスの演奏の特徴を自分なりに解釈してみる
僕は当時の実演には接していないですが、アンスネスはデビューしたての頃は結構バリバリ弾いていたように思います。「バリバリ」というのは、今よりもヴェルトオーソに近い、所謂 「力技」ですね。先程紹介したニールセンや、ヤナーチェクのCDなどを聴くとよく分かります。今では必要な時しか使わない低音のフォルテシモもよく聴こえます。
ここでその証拠に、音楽評論家の故、吉田秀和氏が、音楽会評でアンスネスについて書いている文章を抜粋で紹介したいと思います。
(前略)だが、実演をきくと、多彩な音楽をこなす能力というのは、むしろ彼の表面的な面でしかなく、本質的にはかなりはっきり自分の領域をもっている人なのではないかと思われてくる。広いレパートリーは、まだ若いし狭い枠に自分を閉じこめてはいけないという意識と意欲の結果、こうなっているのではないか。少なくとも目下のところ、彼がとりあげる曲がいろいろ違っているほどには彼の演奏から聞こえてくる音楽は変わっていない。(中略)
ラフマニノフ(『楽興の時』『練習曲集』からの抜粋五曲)は胸のすくような早業とかすごい強者の披露とか、走りまわる高音と低音の間で聞こえてくる中声の歌とかはよかったが、このピアノの大家の曲をきく人なら誰も期待している深々とした響きや濃厚な情趣とかにふれる喜びは完全には満たされないまま。むしろ力任せに叩きつけるフォルテと単調でニュアンスの乏しいピアノの連発に少々閉口して「美しい音楽」をききたくなった。(後略)
白水社 吉田秀和全集より1999年12月20日の演奏会評より一部引用
これまた随分な言われようですね(笑)。「力任せに叩きつけるフォルテ」というのは、現在のアンスネスの演奏からは到底想像できないです。「美しい音楽をききたくなった」って、アンスネスの音楽は「美しくない」ということですか?ちょっと賛同しかねますね。
しかしながら、この文章にはこの後にシューベルトの20番ソナタを評して、「この人がただのピアノひきではないことがはっきりわかる。」という文章も出てきます。
また、吉田氏は晩年(といっても僕が初めてアンスネスの実演に接した2007年2月)、アンスネスの弾くベートーヴェンの32番のソナタを絶賛していました。
以下引用の引用。
夕刊には吉田秀和の「音楽展望」を掲載。もう80才の半ばだと思うが、今日の文章はTVも新聞も遠ざけた彼の老境の香りが漂っている。今までにない味わいだ。ところが、文章の終わりに書かれたベートーベンの最後のピアノソナタ作品111についてのコメントが実にいい。少し長いが引用しておく。最近アンスネスの演奏でこの曲を聴いたということで「とくに第4変奏以降の音楽はこれ以上考えられない微妙な音で影の世界に出没する何かみたいに聞こえた。(中略)ベートーベンは「晩年に向かうにつれ、こうした諦念に満ちた霊妙の世界に入っていったのである。この音楽のあと残していった沈黙は、およそ音楽から生まれた沈黙の中でも最も深いものである。」これを言いたいために全体があるような気もするがどうだろうか。
吉田秀和の「音楽展望」 - 残照亭日常さんより引用
話を元に戻すと、
アンスネスは若い頃と今では芸風が変わったということですね。
もちろん、核になる部分、例えば曲全体の見通しの良さ、恐ろしく正確でよく回る指、テンポ感の良さ(殆どテンポを揺らさない)、エッジの効いたくっきりとした打鍵は健在ですが、
そこにまろやかで、馥郁たる柔らかい絹糸のようなピアニッシモの表現が加わります。低音の叩きつける表現は身を潜め、代わりに「音楽的であることを優先した、幾分抑えられたフォルテシモ」の表現が加わります。決して音を濁らせないペダリングも見事です。それと、去年のベートーヴェンの弾き振りで大いに関心したことですが、曲全体の見通しの良さ、にも関係してきますが、「曲の構造」を完璧に理解しています。
そして、僕が思うアンスネスの演奏の最大の特徴は、
「完璧に演奏曲を準備して、それを本番で出せる事」
だと思うのです。
しかしながら、これは裏を返せえば、
「本番中に、準備した以上の事を羽目をはずしてやらない」
という事です(勿論、会場の響きや雰囲気によって多少は弾き方を変えたりはしていますし、そういう事も十分できる能力を持ったピアニストです)。
僕が好きなピアニストの一人にクリスチャン・ツィメルマンがいますが、彼のサントリーホールでのショパン演奏は素晴らしいものでした。本番ではショパンのソナタで迷子になる部分もありましたが、3番のソナタのフィナーレはどんどんヴォルテージが上がっていき、ミスタッチも何のその、迫力満点の演奏を聴かせてくれました。これには大いに興奮しました。
こういった、スリリングな演奏とは対象的にアンスネスの演奏は一見淡白に聴こえます。ミスタッチも極端に少ないです。
それは職人気質な性格にもよると思います。多分アンスネスは予定を立ててその通りに実行する、という事がピアニストの誰よりも秀でています。
それ故に、自分自身を客観的に見ることに長けた、非常に知性的で、洞察力の鋭いピアニストといえます。客観的にステージ上の自分を見れてしまう事によって、主観的な表現は鳴りを潜めます。
アンスネスの関心事は「音楽」そのものであり、「構造」であるのです。
聴く人によっては「アンスネスの演奏はつまらない、安全運転で普通に弾いてるだけじゃん」とか、
「アンスネスのショパンは自分を出さない」という意見があることも十分理解できますが、
では「真の音楽のあり方」とはどのようなものでしょうか?「真のショパン演奏」とは?「真のシューマン演奏、ベートーヴェン演奏とは?」…。
僕が思うに、これは結局は「人それぞれの好み」の問題だと思います。
恋愛でもそうですが、スリリングな間柄のカップルもいれば、しみじみとした間柄のカップルもいるわけです。天才肌の人間が好きな人もいれば、職人気質の人間が好きだという人もいます。その時時によっても好みは変わるでしょう。
僕の個人的な意見からすると、アンスネスの演奏、とりわけ生演奏は、聴いている方からすれば十分興奮のできる、大変魅力的な演奏であることが多いです。音楽を客観的に追求した演奏が、十分に説得力を持って、「音楽」として届くからです。
前置きが長くなりましたが、今回のピアノ協奏曲の感想
さて、長々とアンスネスの演奏の特徴を書いてしまいましたが、僕は今回の演奏を聴いて、アンスネスは少しずつ、再び芸風を変えようとしているように思えました(それは、去年あたりから伸ばしているヒゲも関係しているかもしれません笑)。
シューマンのピアノ協奏曲では、ペダリングが絶妙で、すべての音に対して神経が行き届き、一つの音も疎かにしない、知性的なアプローチでした。それでいて温かく、さながら手慣れた職人さんが、アラベスク模様を丹念に紡いでいくように、音が紡ぎ出されます。
オーケストラとの掛け合いも絶妙で、ジンマンさんの音量の調整とか、歌い方もアンスネスと合っており、「この二人は馬が合うのでは?」と思いました。
芸風が少しずつ変わった、と思ったのは、いつもより荒々しい音が出ている部分が幾つかあったことです。勿論、歌謡曲専用NHKホールですから、オーケストラの音に埋もれないために大きな音を出す必要がある箇所もあるのですが、これは素晴らしいことのように思えました。「主観的な部分を表に出そうとしている」のだと解釈しました。
そして、いつもより「スイスイ」と音楽を進めない、聴かせるところは聴かせる演奏でした。過去のアンスネスのCD等(例えば、ヤンソンスとやったこのシューマンのピアノ協奏曲)を聴くとよく分かりますが、アゴーギクの変化(テンポの揺れ)があまりなく、スイスイと次のフレーズに進んでしまう面がありましたが、今回はゆったり目のテンポで、適度に構造的に合理的な「句読点」を音楽に取り入れていました。
そして3楽章は聴いていてとても幸せでした。シューマンはこんなにも良い曲を作っていたのか!と改めて認識しました。
音楽を構造的に解析しながらも、全体的に収斂されていくような工程を、それでいて自然さを失わない工程を視聴することは、耳にとって愉悦であり、快楽でありました。
僕は演奏が終わりそうになるのが、名残惜しくて仕方ありませんでした。
盛大な拍手とブラボーの後の、アンコールのシベリウスの「ロマンス」は、決して中心となる音楽ではなく、周辺に佇んでいる音楽にも関わらず、その現代的な響きと、フィンランドの大自然から生まれた響きが絶妙に表現されていました。アンスネスの多彩な音色を感じることができました。
総じて、満足のいく演奏会でした。アンスネスは僕にとってこれからも聴き続けていきたい唯一のピアニストということを再認識しました。次は23日に所沢のリサイタルに行きます。
(2016.11.21朝追記)
未だに昨日の演奏を思い浮かべるととても幸せで、満ち足りた気分になります。やはり素晴らしい演奏でした。